初優勝の瞬間、稀勢の里はNHKのカメラに背を向けていた。泣いているのか? 顔が映らないまま、背中だけの映像が流れる。中継が終わる午後6時まで時間はない。終了寸前、右目から糸を引くように涙が流れた。生中継の魅力も重なる感動の涙だった。

 8年半前のモンゴル巡業でも、稀勢の里は泣いた。公式の夕食会で力士全員が酒を酌み交わし、大いに盛り上がった。当時小結の22歳の若武者も、プロレスラー武藤敬司の物まねを披露し、先輩力士を喜ばせた。周囲から「飲め、飲め」とあおられ、断ることなくグラスを空け続けた。

 宴の終わりごろ、横綱朝青龍に稀勢の里がからんだ。泣きながら寄り掛かり「横綱、オレ情けないっす、ホント弱いっす、ダメっす」と、泣き上戸の一面をのぞかせていた。これには朝青龍も困った表情で防戦一方。肩を抱きながら「いいか、お前は強いぞ。これから日本人はお前が引っ張らなきゃいけないんだ、頑張れ」と言葉をかけていた。

 「うっうっ」と稀勢の里は再び泣いた。ちなみにこの年、朝青龍から初金星を含む2勝を挙げている。【08年大相撲担当カメラマン・鈴木豊】