行司軍配が返り30秒以上が過ぎても立とうとしなかった豊昇龍の仕切りに、館内やテレビで観戦した人も「早く立て」とイライラしたかもしれません。ただ、相撲を取る前の駆け引きに勝負は既に始まっていました。年齢が1つ上の豪ノ山は自分は手を先に着いているのに、なぜ立とうとしないのかというイラ立ちで豊昇龍をにらみ付けるようになりました。一方の豊昇龍は入門は自分が3年早く、しかも大関。プライドの闘いが続き館内がザワつきましたが、ここで動じないのが豊昇龍のずぶとさです。相手のタイミングでは絶対に立たないという心がさらに強まり、にらみ合いにも平然としていたでしょう。

その後、2度ほど仕切り直しして立ちました。ここで待ったしたら悪役になるという心理から、たとえ立ち遅れても豊昇龍は絶対に立つと決めていました。それが、あれほど待たされた豪ノ山の心を揺さぶりました。ノド輪押しで攻勢に出た豪ノ山でしたが焦りから引いてしまい墓穴を掘りました。豪ノ山からすれば最初の仕切りで、片手でなく両手を着いていれば展開は変わったかもしれません。6秒弱で終わった勝負でしたが、その前段にも駆け引きという勝負のアヤがありました。豊昇龍のうまさ、ずぶとさが出た一番だったと言えるでしょう。(日刊スポーツ評論家)