「ファーザー」(21年)のアンソニー・ホプキンスは確かに素晴らしかったが、それ以上に印象に残ったのが、彼が演じた老人の目に映る光景だった。

現実と幻想が入り交じり、その境目がどんどん曖昧になって行く。「認知症の視点」は衝撃だった。

「百花」(9月9日公開)でも、老いゆく母・百合子(原田美枝子)の視点が織り込まれる。右往左往する視界に現実とのズレを否応なく突きつけられるが、時間経過を象徴する、枯れゆく一輪の花になぜかホッとした気分になる。

誰もがいつかは直面する親の老い。目を背けたくなる現実をなぜ映画にするのかといえば、そこには必ず1点の光があり、救いがあるからだと思う。

何日かおきに訪ねてくる息子・泉(菅田将暉)との微妙な距離は何なのだろうか。最初は母と息子の照れのように見え、少しずつその理由が明かされていく。

地味な題材にも抑揚を付ける川村元気監督はさすがだが、菅田と原田がその狙いにしっかり応え、謎解きのページをめくるように母子間の真相を少しずつ見せてくれる。

視覚面では、泉が勤めるレコード会社で製作中のVR動画と、母子の記憶のシンボルとなる「半分の花火」が効果的に使われている。VR光のデジタル的な冷たさと、花火のアナログ的な温かさは、まるで対のようだ。

内向していった「ファーザー」に比べ、屋外ロケの多いこちらは開放的だ。日本的な情緒が当たり前のように伝わってくるからだろうか、美しい背景の中で、母子の時々の表情がしっかりと記憶に残る。菅田と原田は息もピタリと、改めて巧者ぶりを実感させる。

母の記憶をたどる泉の行き着いた先とは。幕切れにポッと心が温かくなった。【相原斎】

(C)2022「百花」製作委員会
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