お笑いコンビ・カラテカの矢部太郎(40)が、自らの日常をもとに初めて描いた漫画「大家さんと僕」(新潮社)が累計発行部数20万部超えと大ヒットしている。一躍、時の人となった矢部が、ニッカンスポーツコムの単独取材に応じた。第1回は「大家さんと僕」制作の裏側や、大ヒット作家に付きものの、気になる印税の使い道について。

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 「大家さんと僕」は、矢部が8年前から東京・新宿の外れの一軒家で88歳の大家さんとともに暮らす日々の実話を描いたエッセー漫画で、月刊文芸誌「小説新潮」での連載に書き下ろしを加え17年10月31日に単行本として出版。引っ越し当初は、帰宅時に電話してきたり、知らぬ間に洗濯物を届ける大家さんとの、距離感の近さに戸惑うものの食事や交流を重ね、旅行に行くまでに仲良くなる物語と絵柄が「心が、ほっこりする」と女性を中心に厚い支持を受けている。

 -大ヒットしている

 矢部 いやぁ…うれしいですけど、ビックリしていてよく分からないですね。

 漫画を書いたきっかけは、大家さんとホテルでお茶を飲んでいた時に、漫画原作者の倉科遼氏から「映画のプロット(あらすじ)を」とリクエストされたことだった。漫画家が大まかな構成、コマ割りなどを書くネームの形式で書いたところ、同氏から漫画の執筆を勧められて書き始めた。

 矢部 偶然が、ここまでになるとは思わなかった。書いている時から、いいものを書いている自信はあったんですけど、世の中に出て、どうなるのかなぁと思っていたら話題になって。

 -大家さんの感想は?

 矢部 「大きな仕事をされましたね」と、すごく喜んでくれて。

 -大家さんとの距離感が近く抵抗があった

 矢部 僕も最初から大家さんのことを受け入れていたわけではないので、ウソがないように、ちゃんと描いた方がいいと思いました。大家さんも、僕が芸人だとは全然、知りませんでした。ふれあいという意味で言うと、少年と少女が出会う、ボーイ・ミーツ・ガールのラブストーリーとも読めなくはないですね。

 -ソーシャルネットワーク(SNS)の普及が進んだ現代は、新たに人に声をかけて知り合いになる機会は少なくなっているのでは?

 矢部 知り合っても1回会っただけで終わっちゃうというのが、すごく多くて…。大家さんはSNSやっていないですからね(笑い)突然、電話と手紙が来るんです。僕自身、面白い風にも書いていますけど、やはり大家さんに対して尊敬の念というか、自立した女性だなと思っていることが、作品が優しく見えるところにつながったんですかね。読者から、大家さんの存在自体がファンタジー的で、僕の理想というか…そんな、僕も意識していなかったことを言われました。そうか、僕はこんなことを思っていたんだと…漫画を描いたことで思ってもいなかった気付きがありますね。

 -大家さんに食事に誘われた時に仕事が3日間、なかったことなど、売れない芸人のリアルな姿も描いた

 矢部 実際に、そうですからね。そこを格好つけて、忙しいフリをしても、しょうがないですからね。

 -一躍、売れっ子漫画家になった

 矢部 次回作は書きたいし、書ける環境になったから、すごいうれしいです。ただ、僕は“売れない芸人”でやってきた上に、今は調子が良いですけど“売れない漫画家”という新しい十字架を背負うことになるんじゃないか、という不安も立ち込めています。“一発屋”という、不安も…。

 -20万部発行…印税はたまる一方?

 矢部 お酒は飲まないですし…でも、そんなに入らないですし、実際。2年とか、かけて描いているわけですから…それで割ったら、微々たるものですよ。今日、描いて今日もらえるわけではないですし。

 -パソコンで描いたから画材にお金はかからない

 矢部 でも、最新のiMac(アイマック)を購入しましたからね! ペンタブレットも! 「小説新潮」の連載が始まってから(締め切りに)間に合わないなと思って、もっといい機材があるということで買いました。その時点では完全に赤字…原稿料だって安いし、漫画は趣味、楽しいからやっているというものだったんです。重版になって、やっとトントンかな? という感じですね。

 -パソコンの購入費用を、所属の吉本興業に経費として申請しなかった?

 矢部 領収書を会社に持っていって「買ったんで、落としてもらえないですか?」って言ったら「えっ!? 矢部さんが自腹で買ったんですよね?」と言われ…。漫画だけのために使う外付けのハードディスクが壊れて読み取れなくなった時も、データを復旧したいと会社に持っていって相談したら、10万円くらいかかると言われ、「はぁ?」という感じで支払ってもらえず、自腹…。漫画に関しては完全に持ち出しですからね。赤字でやっていたので印税で何とか補てんですね(苦笑い)

 -大ヒットで次回作の声はかかっているのでは?

 矢部 今回、売れる前から話をもらっていて幾つか、始めたものはあります。

 -“設備投資”は済んだので新連載でもうける?

 矢部 稼げる漫画ではないですが(苦笑い)18年からは新企画が3本ほど始まる予定です。

 -次回作の題材は?

 矢部 新たに始めた連載はエッセー漫画ではなく、女性のファッションサイト「PeLuLu(ペルル)」で始めた「ニームの森」です。いろいろな女性の群像を描きます。

 -女性が絡む(恋愛などの)話は苦手では?

 矢部 そういう話は出てこない、僕が描ける話です。遠くから見た女性をスケッチする感じです。都会の働く女性を描く漫画です。

 -若い女性の間からも「大家さんと僕」に癒やされたという声が出ている

 矢部 ありがたいですね。(17年12月の)トークイベントでも、女性が多かった。その方たちが、新しい連載を見て、どう思ってくださるでしょうか。次回作という形で、大きく打ち出してはいませんが(本数が)たまったら、まとめられたらいいなぁという感じですね。

 -パラパラ漫画で人気の鉄拳は、画業が9割くらいになっているというが、そうなる可能性は?

 矢部 僕は鉄拳さんと違って、お笑いをやめたら漫画は書けなくなると思う。実生活があって、お笑いがあってのエッセー漫画なので、普段の僕と、お笑いをやっている僕と、漫画が地続きだと思うから。

 次回は漫画執筆のルーツと、高校時代から入江慎也(40)と始めたお笑いについて語る。【村上幸将】