今週末の17日、個人的に注目している映画が公開される。クリント・イーストウッド監督の米映画「リチャード・ジュエル」だ。

同作の題材は、1996年のアトランタ爆破テロ事件。公園に仕掛けられた爆弾を発見し一夜にしてヒーローとなった警備員リチャード・ジュエルだが、一夜明けると容疑者に変貌。そんな彼を救うべく立ち上がった弁護士が、国家権力とマスメディアに挑む、という内容だ。

一足先に試写を見させていただいた。畑違いではあるが、一応マスコミの片隅に携わる1人として、絶対にやってはいけないことをしてしまう記者に憤りを感じた。これがフィクションであれば“良くできた物語”だが、実話に基づいた作品でもあるからだ。いきなり余談にはなるが、同じ試写会を社会部の先輩記者も見ていた。その方は「あれはひどい」とあきれ笑いさえ浮かべていた。

この作品がなぜ今、映画化されたのか。それはこのSNS時代、同様の事態がより速く起こり得ることに対するイーストウッド監督の警鐘ではないかと推測した。96年当時よりもSNSが発達した現代、情報はあっという間に拡散される。だれもが情報を発信できる時代だからこそ、発信者の“良識”が求められるといえるだろう。そういう意味で現代のSNSは、匿名を傘に心ない誹謗(ひぼう)中傷がまん延しているようにも感じている。その書き込みは、対象者を社会的に葬り去る破壊力さえ持っているにも関わらずだ。そう考えると、話題となった菅田将暉主演のドラマ「3年A組-今から皆さんは、人質です」に通じるものがあるかもしれない。もちろん、表現方法は全く違うのだが…。

イーストウッド監督はこの作品で現代社会に警鐘を鳴らすと同時に、「正義は死なない」というメッセージを伝えているようにも感じた。