2021年のエンタメ界。最もたくましく、カラフルに駆け抜けたのはこの人かもしれない。歌手小林幸子(68)。配信ライブのほか、ヘビメタ、ラウンドガール、「YouTuBBA!!(ユーチューババア)」など、あらゆる場所で歌と笑顔を届けてきた。コロナ禍でも“ラスボス”ぶりを発揮するこの人の、進化と真価を聞いた。【取材=梅田恵子】

「道路で例えるなら一般道を走っている」と言う小林幸子。「一般道ってとても面白いんですよ。今が1番楽しい」と付け加えた(撮影・中島郁夫)
「道路で例えるなら一般道を走っている」と言う小林幸子。「一般道ってとても面白いんですよ。今が1番楽しい」と付け加えた(撮影・中島郁夫)

★12年お家騒動余波

コロナ以降、演歌業界も配信ライブの波が広がった。13年から動画配信サービスに進出した小林は、この分野で何歩も先を行く。

もとは所属事務所の社長らを解任したお家騒動(12年)の余波で歌う場を失い、ネットに活路を求めたことが始まり。「当時は『落ちぶれたね』みたいに言われましたけど」とカラッと笑い、「けがの功名じゃないけど、あのままの活動だったらITやデジタル業界の才能にも出会えなかった。あの時『ネットをやる』とジャッジしなければ今のような活動はない。人生っておもしろいなあと」。

★ユーチューババア

「今のような活動」は多岐にわたる。今年だけでも、初の単独配信ライブを成功させ、ボーカロイドの音楽イベントにはヘビメタで参戦。米ロックバンド「KISS」をイメージしたメークとコスチュームで登場し話題を呼んだ。K-1横浜大会のラウンドガールを務め、東京五輪聖火ランナーとして故郷の新潟も走った。コロナ禍でも、さまざまなアプローチでファンに歌と笑顔を届けている。

ちなみに、今年リニューアルしたYouTubeチャンネルの新しいチャンネル名は「YouTuBBA!!(ユーチューババア)」である。「スタッフがつけてくれたの。キャッチーだし、全然イヤじゃないです(笑い)」。昨年は、ボーカロイド・初音ミクの「脳漿炸裂ガール」を替え歌にした「私は脳漿炸裂バーサン」を発表している。「これが早口の限界に挑むような歌でね。自分との闘いが途中から面白くなっちゃって」。ひと節歌ってみせ、歌手であることを心から楽しんでいる。

レコード会社から契約を解除され、紅白出場も逃した9年前の逆境について尋ねても、嫌な顔ひとつしない。「悔しいと思った瞬間から、それをバネにしちゃうタイプ。デビューから57年。どんな逆境も全部バネにして生きてきた。何も怖くないですね」とたくましい。

▼▼後編には「実家廃業でキャバレー巡りの日々」「鏡と話す」▼▼

★15歳で家族を養う

実際、この人の歌手人生は逆境の連続だ。9歳の時、ものまね番組出演を機に作曲家古賀政男氏にスカウトされて芸能界入り。10歳でデビュー曲「ウソツキ鴎」がヒットし天才少女と人気を集めたが、その後さっぱり売れなくなった。新潟地震(64年)で実家の小林精肉店が壊滅的な損害を負い、その後廃業。両親と姉2人が小林を頼って上京し、15歳で家族5人の生計を背負うこととなった。

「家族と一緒はうれしいけど、どうやって生活するの、って話で。高度成長期で景気はいいから、社用族で潤うキャバレーめぐりの日々ですよ。ヌードダンサーさんの後で歌ったりするわけです。15歳だと雇ってもらえないから『18です』って(笑い)」。お客さんを見送った後に託児所に走る女性たちの姿など、「生きる大変さ」を身をもって学んだという。

「全国津々浦々行きましたけど、キャバレー時代にいい思い出はないです。一等車なんか乗せてもらえないし、ビジネスホテルは夢でした。大きなキャバレーは連れ込み旅館みたいなものもやっていて、寝泊まりにそういう部屋に案内されるとびっくりしましたね。青森に行った時なんか、朝起きるとふとんに霜が降りてるんですよ(笑い)。そういうのを経験しているから、強いんです」。

★演歌もヘビメタも

演歌からヘビメタまで、何でも歌える度胸と表現力は長い下積み時代に培われたものだ。「ちょうちんが下がっているお店は民謡や演歌、キャンドルライトがあるところはシャンソン、クラブではジャズ。行く先々で求められる歌が違う。何を聞かれてもまず『歌えます』って言って、後で帳尻を合わせる(笑い)。もらった仕事は断らない。今と同じですね」。

逆境には強いが、自身も“お家騒動”でバッシングを受けた経験上、現在のネット社会の人権軽視には怒りもみせる。「匿名の攻撃も、捏造(ねつぞう)記事を平気で載せる一部のマスコミもおかしい。芸能人ゆえの有名税という考え方もあると思うけど、違うって」。福山雅治、水川あさみら、抗議の声を上げる著名人も増えている。「いいことだと思う。立ち上がって声を上げないと、何も変わらない」。

落ち込んだ時は「鏡と話す」のが幸子流だ。「部屋で1人、鏡に映っている自分と会話すると、ウソや本音が全部出てきて、すっきりするの」。

★脳の中の鏡と話す

9年前、ネットユーザーの世界に飛び込んだ時も「脳の中の鏡」を信じたという。「脳外科の先生の本に『脳の中には鏡がある』って書いてあった。その鏡が自分の未来を映し出していくから、磨かなきゃいけないって。バッシングの渦中にネットのお話が来た時も、その鏡が反射したんだね。窮地と思っているのは自分だけかも。新しい人たちと出会って、ラスボスなんて呼んでもらえるようになって、歌の世界が広がったんだから」。

この10年、鏡以外にも自分をさらけ出せる強い味方を得た。先月末、結婚10周年を迎えた夫、林明男さん(60=会社経営)の存在だ。「はいっ。本当に支えてくれました」と笑顔がはじける。「何があっても『大丈夫』って。ヘビメタの格好も応援してくれる」と幸せいっぱいだ。

★しぶとく生きる

歌手人生で「今の自分がいちばん面白い」という。「高速道路から一般道に下りてみると本当に楽しい。山も谷もあって、景色がどんどん変わってくる。『こっちに川があるよ』『こっちに湖があるよ』って教えてくれる人がいっぱいいる」。自身には、新しいものを見つける才能はないという。「出会った人たちが教えてくれたり、思いがけない話を持ってきたくれたり。そうやって広がってきた歌手人生だから」。

10年後の展望を聞くと「まったく分かりません」と爆笑。「ひとつ言えるのは、歌は歌っていますということ。これからもしぶとく生きますよ。せっかく生きているんだもん」。

▼歌手美川憲一(75)

サバサバしていて、決断力があって、どんなことがあっても負けない。いつも仕事のことばかり考えている仕事オンリーな人です。楽屋入りの時もちゃんとメイクして、おしゃれな服を着て、「小林幸子」として入ってくる。完璧主義の“ザッツ芸能人”なのよ。この10年は理解のあるすてきなダンナさんの支えもできた。さっちゃんの本来のパワーに幸せオーラが加わって、ますますパワーアップしているわね。10代から身を粉にして働いてきたんだから、これからはダンナさんと気を抜いて、遊ぶことも大切にね。

◆小林幸子(こばやし・さちこ)

1953年(昭28)12月5日、新潟市生まれ。63年にTBS「歌まね読本」でチャンピオンとなり、64年、10歳で「ウソツキ鴎」で歌手デビュー。79年「おもいで酒」が200万枚の大ヒットとなり、レコード大賞最優秀歌唱賞、紅白歌合戦初出場。以来、33回連続出場。映画「男はつらいよ 拝啓車寅次郎様」(94年)など女優業も多数。06年、紺綬褒章受章。趣味は陶芸、スキューバダイビング。血液型A。

◆ラスボス

RPGゲームの最終盤に登場する敵のボスキャラ。歌手小林幸子の愛称としても知られる。ド派手な衣装と、ネットに降臨した大御所の風格から、尊敬と親しみの意味を込めてネットユーザーから自然発生した。