お笑いタレント、ラサール石井(66)が、現在公演中の「スタンダップコメディ・フェスティバル」(17日まで東京・新宿3丁目SPACE雑遊、18日は池林房)に出演する。1977年(昭52)年にコント赤信号を結成してフジテレビ系「オレたちひょうきん族」などで活躍。その歩みについて聞いてみた。

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第2次世界大戦が終わって10年、1955年(昭30)に大阪に生まれた。お笑いの本場だ。

「一番古い記憶で言うと、5歳ぐらい。大阪にいて、当時は『雲の上団五郎一座』という映画を毎年やっていて、三木のり平さんとか東京の喜劇人がみんな出ていた。その『雲の団五郎一座』が暮れあたりに興行して、それの中継がお正月とか暮れにあったの。その中で毎年やってた名物コントが、八波むと志さんと三木のり平さんのお富さんのコント。これを僕、5歳で見てるんですよ。あとで調べたら、確かに(昭和)35年と36年に中継されていて、僕は2年続けてみた記憶があるんです。で、それが唯一、映画の中に1本残っているんです。これがですね、死ぬほどリハーサルされて、もう疲れちゃって、全然つまんない(笑い)。映画だから“ライブ性”がない。これだけが残ってるっていうのも、ほんとにもうかわいそうというか。おそらく3、4歳の記憶もあるんですけど、確実にこれは記憶っていう古いのは5歳のそのコントで、今でも“画(え)”も覚えてるし、ネタも大体は覚えている」

子供心に芽生えたお笑いへの憧れ。それは芸人への道の第1歩でもあった。

「憧れてましたからね。松竹新喜劇も結構生で見たし、クレイジーキャッツの大阪公演も見た。そういうものを見て帰ってきたら、まねしたりね。卒業式、予餞会みないなものでネタを披露する時には、コント55号のまねをしたりはしてました」

そうは言っても、お勉強の名門、鹿児島ラ・サール出身。子供の頃から学業も優秀だったはずだ。

「お勉強は小学校の時は、それほどできなくて。そこそこはできると思ってたんだけど、勉強しなかったんで。やればできると思ってて、小学校の通信簿は3と4ばっかりでした。5はなかった。今もないけど(笑い)」

それでも、高校からは日本有数の進学校ラ・サールに進んだ。

「ラ・サールに行ったのは、家の裏に塾があって、その塾の前を通ると怒鳴り声が聞こえる。怖いところだなと思ってたら、うちの兄貴が1回行ってすぐやめて帰ってきた。でもなんか、ちょっと興味あって。うちの親が、お前は甘えん坊だから、別にいい高校とか行かなくてもいいから、ちょっと厳しさを教わってこいみたいなことがあって。そこに入ったら、結構面白かったんです。先生の授業も笑えるし。でも、そのうちどんどんサボるようになるんです。家の裏だから、もう20秒ぐらいで行けるんですけどね。行くふりをしてサボるようになって、繁華街に出て映画を見たりしていたんです。中3の時が、ちょうど1970年で(大阪)万博の年なんですけど。サボって万博に見に行って帰ってきたら、親に向こうから電話があって『お前、サボってるらしいな』って話になって。それで母親と一緒に先生のところに行って、怒られて。大阪だから灘高が一番だから『灘高に行く気があるのか』って言われたんです。行く気はあるから、ありますって返したんです。そしたら『お前、明日からここへ泊まれ』って言われて、宿泊したんですよ。当時ね、中学浪人がいたんですよ。15歳ぐらいの。だけど、俺からしたらすごいヒゲも生えて、おっさんに見えたんですよ。そいつらが泊まってたんです。泊まり制度があったんで、僕は家から20秒なのに、売り言葉に買い言葉で『分かりました』と。そこから1年、泊まってたんです。中学3年の時。そしたら、もうサボれないじゃないですか。だから、中学はサボってた。中学へ行くふりをして、両親ともに働いていて家に誰もいなくなるから。それで、家で寝て、塾へ通ってたんです。そしたら少しずつ、ちょっとこう、特に英語がよくなってきて、まあ英語でラ・サールに入ったようなもんですね。灘は落ちたんです」

灘高は、どの教科もまんべんなく点数を取らなければいけなかった。ラ・サールは勉強にも“個性”を認めていた。

「灘は全教科60点以上ないとダメなんです。1教科でも50点とかだったら、他はいくら取っても切られるんです。でもラ・サールは総合得点。僕は英語で通った。社会は、やってなかったんです。灘に社会がなかったので、社会は捨てろって言われていた。そのおかげで、いまだにクイズ番組で地理とか出たらいきなりできなくなる。だからラ・サールの社会は60点もなかったんですけど、英語がすごい良かったんで、英語で引っ張られて通りました」

ラサールは13~15、18日に出演。

(続く)

◆ラサール石井(いしい)1955年(昭30)10月19日、大阪生まれ。芸名の由来になった鹿児島のラ・サール高から早大文学部へ。早大在学中に放送作家として活動を始め劇団テアトル・エコー養成所入所へ。77年に渡辺正行、小宮孝泰とコント赤信号を結成。フジテレビ「オレたちひょうきん族」「平成教育委員会」などで活躍。俳優としてNHK大河「元禄繚乱」、テレビ小説「てるてる家族」「あさが来た」「とと姉ちゃん」、TBS「こちら葛飾区亀有公園前派出所」など。163センチ。血液型O。

▼スタンダップコメディ・フェスティバル

【新宿3丁目・SPACE雑遊】

▽13日午後6時「笑う脳科学ナイト」茂木健一郎、ぜんじろう、インコさん

▽13日午後8時30分「笑う選挙ナイト」水道橋博士、大石あきこ、清水浩、ラサール石井

▽14日午後6時「村上ショージナイト」村上ショージ、ぜんじろう、インコさん

▽14日午後8時30分「反逆の道化ナイト」玉川太福、中川パラダイス、三又又三、清水宏、ラサール石井

▽15日午後6時「表現の自由と陰口の自由ナイト」望月衣塑子、清水宏、ラサール石井

▽15日午後8時30分「嘉門タツオナイト」嘉門タツオ、ぜんじろう、インコさん

▽16日午後2時「コメディ・ヒップホップ昼ズ!」いとうせいこう、ダースレイダー、清水宏、ぜんじろう

▽16日午後4時30分「ガチンコオープンマイクスペシャルスタンダップコメディWS&観客参加型オープンマイク」清水宏、ぜんじろう

▽16日午後7時「TVの裏側ナイト」久本雅美、コラアゲンはいごうまん、清水宏、ぜんじろう

▽17日午後2時「スタンダップコメディ・オールスターズ昼の部」立川談慶、長井秀和、林家彦いち、ウエストランド井口、ダースレイダー、清水宏

▽17日午後4時30分「スタンダップコメディ ニューカマーズ」北野誠、ホイップ坊や、高椅洋平(ハウメニピポー)、三上彩音(ベイビーウルフ)、アンナ(ベイビーウルフ)、インコさん、ぜんじろう

▽17日午後7時「スタンダップコメディ・オールスターズ夜の部」長井秀和、居島一平、街裏ぴんく、かもめんたる横尾、ぜんじろう

【新宿3丁目・池林房】

▽18日午後2時「スタンダップコメディGo!池林房」清水宏、ぜんじろう、ラサール石井、インコさん

▽18日午後5時「クロージングセレモニー グランドフィナーレ」清水宏、ぜんじろう、ラサール石井、インコさん、三又又三、ヤノミ(小心ズ)