9月の公開後、ロングラン上映を続ける映画「川っぺりムコリッタ」の、荻上直子監督(50)の新作映画「波紋」が、23年初夏に公開されることが28日、分かった。

夫が震災後に失踪し、新興宗教に救いを求めた女性が、重病を抱えた夫の突然の帰宅などに翻弄(ほんろう)され、ますます宗教に傾倒していく姿を、ブラックユーモアを交えて描く。

同監督が17年に着想し、脚本を書いたオリジナル作品だが今年3、4月の撮影を終え、編集中の7月に、安倍晋三前首相の襲撃事件が発生し、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題が急浮上。事態を予見したかのような作品だけに、話題を呼びそうだ。筒井真理子(62)が主演し、光石研(61)が夫、磯村勇斗(30)が息子を演じる。

荻上監督は17年春頃に、ある新興宗教施設の前を通り掛かり、その光景が強く印象に残り、今回の企画を着想した。

「その日は、雨が降っていた。駅に向かう途中にある、とある新興宗教施設の前を通りかかったとき、ふと目にした光景。施設の前の傘立てには、数千本の傘が詰まっていた。傘の数と同じだけの人々が、この新興宗教を、よりどころにしている。何かを信じていないと生きていくのが不安な人々がこんなにもいるという現実に、私は立ちすくんだ。施設から出てきた、こぎれいな格好の女性たちが気になった。この時の光景が、物語を創作するきっかけになる」

18年5月ごろに脚本執筆を開始し、稿を重ねていく中で、21年春頃に温めてきた企画が成立。製作の準備を始め、今年3~4月に東京近郊で撮影した。

作品の根底には、日本において、まだまだジェンダーギャップが根強く、女性が生きづらい社会である、との強い思いがあった。

「日本におけるジェンダーギャップ指数(146ヵ国中116位)が示しているように、我が国では男性中心の社会がいまだに続いている。多くの家庭では依然として夫は外に働きに出て、妻は家庭を守るという家父長制の伝統を引き継いでいる。主人公は義父の介護をしているが、彼女にとっては心から出たものではなく、世間体を気にしての義務であったと思う。日本では今なお女は良き妻、良き母でいればいい、という同調圧力は根強く顕在し、女たちを縛っている。果たして、女たちはこのまま黙っていればいいのだろうか?」

荻上監督は「川っぺりムコリッタ」で、北陸の町の安アパートに住む社会からは少しはみ出した住人たちを描いた。そうした人々に温かな目線を送るように、ファンタジーを織り交ぜた優しいタッチで描いた物語ながら、そこに孤独や貧困など社会問題を描き込んだ。独特の“荻上ワールド”とも言うべき、深い作品性が熱烈に支持され、ロングラン上映へとつながった。

「波紋」で主人公の須藤依子を演じる筒井は「最近は“壊れてゆく女性”の役が続いていたので、荻上監督の作風から想像するとご一緒させていただける機会はないかと思っていました。ですので、とてもうれしかったです」と主演を喜んだ。演じる依子は“緑命会”という水を信仰する新興宗教に傾倒し、日々の祈りと勉強会にいそしみ、庭に作った枯れ山水の手入れも毎朝、1ミリも違わず砂に波紋を描くよう、手入れを徹底する女性だ。

荻上監督は依子について「荒れ果てた心を静めるために、枯れ山水の庭園を整える毎日を送っていた彼女だが、ついにはそんな自分を嘲笑し、大切な庭を崩していく。自分が思い描く人生からかけ離れていく中、さまざまな体験を通して周りの人々と関わり、そして夫の死によって、抑圧してきた自分自身から解放される。リセットされた彼女の人生は、自由へと目覚めていく」と説明。それを受け、筒井は「脚本を読んだ時、監督が醸し出す穏やかな空気の中に潜む日常のささいなとげ、ビターな社会風刺が溶け合っていて目を見張りました。演出も人間の細部を見抜く力が的確で、身をゆだねることができ安心でした」とコメントした。

依子の夫修を演じた光石は「久しぶりに荻上組へ参加させていただき、すごくうれしかったです。監督は以前と変わらず、穏やかに粘り強く、俳優に寄り添い演出をしてくださり、安心して身を委ねることが出来ました」とコメントした。解禁された特報映像では、修の「俺、さっさと死ぬわ」という一言で、憎悪をむき出しにしていた依子が一変し、声を上げて甲高く笑う姿が印象的だ。光石は「脚本に関してはただ一言、『女性は怖し』。60年間、女性は聖母マリアだと信じて生きてきましたが、音を立てて崩れて落ちました」と独特の言い回しで脚本を評した。

撮影後、荻上監督が仕上げの編集作業をしていた今年7月に、安倍前首相襲撃事件が発生した。そのことに、同監督は作品への思いを深くしている。

「くしくも、本映画の製作中に起きた安倍元首相暗殺事件によりクローズアップされた『旧統一教会』の問題だが、教会にはまり大金を貢いでしまった犯人の母と主人公の姿は悲しく重なる」

その上で

「私は、この国で女であるということが、息苦しくてたまらない。それでも、そんな現状をなんとかしようともがき、映画を作る。たくさんのブラックユーモアを込めて」

と作品に込めた思いを訴えた。

依子の息子拓哉を演じた磯村も、コメントを発表した。

「はじめに脚本を読んだ時、ひしひしと波紋のように迫り来る心理的恐怖を感じました。特に、筒井真理子さん演じる母、須藤依子を中心に、家族や取り巻く人物たちのやりとりは、怖いのだが、思わず笑ってしまうところが多く、荻上監督の描く世界は面白いなと一気に引き込まれました。そして今作では、手話が必要な役でした。新たな言語に触れる機会を頂き、現場でも1つ1つ丁寧に確認しながら作り上げていきました。早くこの作品が皆様のところに届くのが楽しみです」

新興宗教“緑命会”の代表・橋本昌子役をキムラ緑子(61)信者の小笠原ひとみ役を江口のりこ(42)伊藤節子役を平岩紙(43)が演じる。依子のパート先のスーパーの迷惑な客・門倉太郎役を柄本明(74)スーパーの清掃員・水木役を木野花(74)依子の隣人・渡辺美佐江役を安藤玉恵(46)が演じる。