記者を長くやっていると、記者を続けている理由や、印象深かった現場について質問される機会が、少なからずある。

映画のフィールドで印象深かった現場を挙げるならカンヌ、ベルリン、ベネチアの世界3大映画祭、米国のアカデミー賞は、現地で取材する機会に恵まれた。世界的に大きな舞台で取材できたことは喜びであり、大きな経験、財産だ。でも、それと同じくらい、うれしかったり、財産だと思えるのは、人の縁を感じた瞬間だ。

1月9日に東京・テアトル新宿で行われた映画「グッドバイ、バッドマガジンズ」(横山翔一監督)の舞台あいさつを取材した。物語の舞台は、2018年(平30)9月から順次、全国のコンビニで発売が停止となっていった、成人男性向け雑誌の編集部。電子出版の台頭による出版不況、コンビニからの成人誌撤退、追い打ちをかけるように起きた新型コロナウイルス感染拡大など、激動の時代を生きた成人男性向け雑誌の、特に編集部の面々にスポットを当てた、業界内幕エンターテインメントだ。

22年10月に同劇場で行われた、1週間限定上映で終わりだったはずが連日、満席の大盛況。組織で生きていく中での理不尽さ、壁などに葛藤する、編集部の面々の葛藤が会社員、社会人の心に刺さったとの声が多く、チケットが連日、即完売と、反響が大きかったことから、1月20日から全国で順次、上映されている。同9日の舞台あいさつは、特別先行上映イベントとして行われたものだった。

壇上に立った主演女優の杏花(23)の名前に、どこか見覚えがあった。取材後、調べてみると、14年4月に舞台あいさつを取材した映画「瀬戸内海賊物語」に主演していた。当時は14歳で、劇中では中村玉緒が演じた役柄の孫を演じており、当時の舞台あいさつの写真を見ると、顔が引きつっていた。どうしても笑顔が欲しくて「笑顔で、お願いします」と、何度も呼びかけたことを思い出した。

あれから、9年…。23歳になった杏花は、すっかり大人の女優になっていた。「グッドバイ、バッドマガジンズ」では、サブカル雑誌が大好きで念願かなって都内の出版社に就職も、入ったのは、みだらな写真と猥雑(わいざつ)な言葉が飛び交う男性向け成人雑誌の編集部で、失望する新人編集者の森詩織を演じた。舞台あいさつでは「高校、大学生といった等身大、自分が経験した役が多かった。実際に通勤しての、オフィスでのシーンは、すごく新鮮。(編集部で)連泊して椅子を並べて寝たり…こんな漫画みたいな世界があるんだなと」と語った。自身の女優としてのキャリアを振り返りつつ、作品、役どころ、撮影中に感じたことなどを、分かりやすくまとめ、伝えていた。

1月20日に同劇場で行われた全国順次上映初日舞台あいさつの際に、杏花にあいさつできるタイミングがあった。「瀬戸内海賊物語」の舞台あいさつを取材していたことを伝えると「うわぁ…。(「瀬戸内海賊物語」に出演した当時は)中学生でした。うわぁ…ご無沙汰しております」と驚き、照れたように笑った。

「グッドバイ、バッドマガジンズ」で描かれるテーマや舞台は、女性にとって、見るにあたりハードルはあるだろう。加えて、主人公はじめ登場人物がセクシュアルシーンを演じる必要もあった。杏花に、大人になって成人男性向け雑誌の編集部を描いた映画に主演すると思っていたか聞くと「思っていなかったです」と笑ったが、最初に取材した時に中学生だった杏花が、そうしたチャレンジングな企画を、座長として背負う大人の女優になったことに、記者として喜びを感じた。

当初、1週間限定で上映を終えるはずだった「グッドバイ、バッドマガジンズ」が、全国に拡大上映されたことは、杏花にとって本当に特別なことだという。

「生涯、出会うか出会わないか、というくらいの、宝物のような役、作品に出会った思い。代表作だと胸を張って言えるように、これからも女優として頑張りたい」

その言葉を聞いて、胸がいっぱいになった。

2007年(平19)にデビューした杏花は、11年にNHK連続テレビ小説「おひさま」にも出演するなど子役として活躍してきた。だからと言って、成長して大人の俳優になって、すべからく成功できるわけではない。もっと言えば、大人になっても俳優を続けていける保証はない。厳しい芸能界を16年、生き続け「瀬戸内海賊物語」以来、9年ぶり2本目の劇場長編映画主演作「グッドバイ、バッドマガジンズ」と出会った。その喜びを語る顔、言葉が心にしみた。そうした感動が、記者を続ける理由であることを、杏花に教えてもらった…そんな思いだ。【村上幸将】