主食である米の高騰に、歯止めが利かない。23年産米の不作が原因とされ、インバウンド(訪日客)消費の増加も拍車をかけているなどの見方が連日、報じられている。政府は3月に備蓄米の放出を始めたが、1カ月半が過ぎた5月に入っても小売店には1・4%の3018トンしか回っておらず、米の値段は一向に下がらず、高止まりが続く。
その中、この問題を直接、聞き、答えてくれるであろう最適な人材が、映画業界にいたことを思い出した。京都で米作り農家を営みながら映画製作を続け、愛車まで売り払って2600万円もの製作費を捻出して製作した「侍タイムスリッパ-」が、日本アカデミー賞で最優秀作品賞、最優秀編集賞の2冠に輝いた、安田淳一監督(58)である。
安田監督は4月15日に、主演の山口馬木也(52)と都内の日本外国特派員協会で記者会見を開いた。世界各国の特派員らが集まる会見だけに、単なるエンタメ話ではなく、今の日本の社会における大問題を質問する意義はあるだろうと考えた。そこで、質疑応答で「日本では米の高騰が続く。政府が備蓄米を出しても、まだ高い。米農家の立場で、この状況をどう思うか。何があれば、この状況が変わるのか、米農家としての見解を」と質問した。
安田監督は「日本のお米は今、すごく状況が厳しい。米を1袋、作るたびに1000円近い、赤字が出る」と明かした。そして「まず、お米の値段が高いと言われていますが、実際には30年前の値段に戻っただけであります」と説明。その上で「国の政策によって、日本の米作り農家は振り回されてきた結果、こういう状況がある」と訴えた。
安田監督は、京都で米作り農家を営み、近所の農家30軒分もの米作りを請け負っていた父が急死し、家業を継いだ若い女性ヒカリの苦悩と奮闘を描いた映画「ごはん」を製作し、17年に公開した。劇中には、高齢化をトラクターなどの機械化で補う、高コストも含めた米作り農家の厳しい現状も、現場の視点から織り込んだ。「『ごはん』でも描いたことですが、今、日本の米農家は時給で言うと1~12円の間。僕は1・5ヘクタール、米を作っていますけど、うちでも年間数十万円の赤字」と明かし「日本の主食を担う現場が、すべからくこういう状況」と訴えた。
安田監督自身、23年に父が亡くなり、実家の米作り農家を継いでいる。「ごはん」では、農民の尊さ、農業を継いでいくことの意義も描いており「僕自身も父、おじいちゃんが一生懸命、頑張ってきた米作りをやっていきたい…」と口にすると、涙声になった。
さらに「映画がヒットしなかったら両立できない」と、米農家と映画製作を並行して続ける難しさも吐露。「侍タイムスリッパー」は、24年8月17日に“インディーズ映画の聖地”と呼ばれる東京・池袋シネマ・ロサ1館で封切られ、全国380館超へと拡大公開し、興行収入10億円を突破。一個人が借金までして作り上げた完全なる自主映画が、日本アカデミー賞で頂点に輝いたこと含め、日本映画史に残る快挙を成し遂げた。
「映画がヒットして、自分の米作りが何年かできるのは、個人的には百姓一揆が成功したような気がしていまして。百姓のせがれが、侍をネタにして、まんまと自分の領地を守った気持ちもある」とも語ったが、米農家を続ける難しさは隠さなかった。
そして「父、おじいちゃん、祖先が頑張ってきた。自分たちが残さないと、日本の米は守れない。農家の自助努力だけでは、何ともし難い状況。政策が何らかの大転換が国政において行われないと、日本農家はやっていけない」と涙した。
安田監督の会見から10日後の4月25日に取材した、サッカー元日本代表MF中田英寿氏(48)も、国の農業政策に注文を付けた。同29日まで東京・六本木ヒルズアリーナで開催された、自身がオーガナイザーを務めた日本食文化の祭典「CRAFT SAKE WEEK 2025 at ROPPONGI HILLS」で、特別対談セッション「挑戦~未来に繋ぐ日本文化~」に登場。「農業人口を、もっと増やしていくための政策というのはしなきゃいけない」と訴えた。
中田氏は、09年から日本全国47都道府県をめぐる旅をスタート。日本酒のおいしさと文化的可能性を強く感じたことから、15年に日本酒の販売促進事業を展開するJAPAN CRAFT SAKE COMPANYを立ち上げ、代表に就任。農業にも強い関心を持ち、特にコロナ禍以降は日本茶の事業にも注力し、水出し専用の日本茶ブランド「HANAAHU TEA」に続き、ボトリングティーブランド「SIGUSA(四草)」も立ち上げた。
そうした経緯から「日本茶を世界に発信していくために自治体、国の政策として押し出して欲しいところは?」と質問が出た。中田氏は「農業全般に言えると思うんですけども、農業人口をもっと増やしていくための政策はしなきゃいけない」と訴えた。「フランス料理が世界中に広がったから、ワインも世界に広がった。イタリアもそう。和食をどれだけ世界に広げるか、積極的に政府は取り組むべき」と提案した。
さらに「過去50年でお茶の生産者は10分の1以下。ペットボトルで非常に広がったが、茶葉単価も2分の1以下になった」とデータを紹介し、日本の農業の厳しい現状を指摘。中田氏と対談した茶師の田島庸喜氏も「1次産業の高齢化が進んでいる」と懸念を訴えた。
中田、田中両氏の指摘と、安田監督の訴えに共通するのは
<1>生産者の高齢化
<2>収穫した生産物の単価、価格が安い
ということだ。
中田氏は、自身のプロジェクトについて「茶葉を高く買えるブランドに自分たちがなって、茶農家の数を増やせるかが1番の目標。そうすると、自然に多くの耕作放棄地がなくなり、自然が豊かになって、きれいな日本になると考えるのが重要」と力説した。一方で、茶や米を購入する消費者の側からすれば、1990年(平2)のバブル経済崩壊以降の“失われた30年”で賃金も上がらず、物価が上がる状況の中「そんなに米や茶が高かったら、買えるわけもない」というのも本音だろう。
ただ、総じて消費者の側が厳しいと叫ぶ声が多く報じられる中、生産者の側も厳しいという現実を一躍、時の人となった安田監督や著名人である中田氏が、農家であったり農業と絡む事業を行う当事者として、公の場で語った意義はあるだろう。消費者に生産者のことを考える、1つの契機を与える可能性があるからだ。安田監督と中田氏の話に真剣に耳を傾ける取材者、一般の聴衆の姿を目の当たりにして、我々の食を支える第1次産業について、もっと考えるべき時期に来ていると思わずには、いられなかった。【村上幸将】



