大阪市の人工島「夢洲(ゆめしま)」で開催中の大阪・関西万博の会場跡地の利用に注目が集まっている。サーキットや世界最大級のプール、博物館などさまざまな構想が持ち上がっている。万博を機に盛り上がりを見せている大阪の観光産業を引っ張る公益財団法人「大阪観光局」の溝畑宏理事長(65)に「アフター万博」について聞いた。
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★「あくまでも通過点」
終盤の駆け込み需要で連日20万人前後が押し寄せる盛況ぶりをみせる大阪・関西万博。13日の閉幕を見据え、会場跡地の利用の議論が活発化している。
大阪の観光産業の司令塔でもある溝畑氏は「万博をただのイベントで終わらせるのはもったいない。25年の万博はあくまでも通過点だと思っている」と強調する。
大阪観光局は30年を目標に、大阪への訪日外国人客2000万人達成と、大阪をアジアNO・1の「国際観光文化都市」にすることを目指している。
「万博を通じてわれわれは世界とつながっているんだということを強く感じた。万博は大阪が変わるための大きな起爆剤になった。万博をホップ、ステップのステップにして飛躍していきたい」
「アジアNO・1」にするために欠かせないのが人工島「夢洲」だ。広さは甲子園球場約100個分(390ヘクタール)。大阪府・市は夢洲を1~3期区域に分け、計画を練っている。万博会場の北隣にあたる「1期区域」には30年秋ごろの開業を目指し、国内初のカジノを含む統合型リゾート(IR)を建設中だ。
★サーキットにF1
「2期区域」となる大屋根リングのある内側の万博跡地をどうするか? 大阪府・市の募集には民間事業者からサーキット、アリーナ、高級ホテル、世界最大級のプールなどの娯楽施設を造る提案がある。サーキットには将来的に世界最高峰の自動車レース「F1」を誘致するアイデアもある。一方でサーキットの整備には「いのち輝く未来社会のデザイン」の万博の理念に「どうつながるのか」と反対する意見もある。
★日本各地へのハブに
溝畑氏は「万博の跡地は世界最高水準のエンターテインメント都市がベースとなる」とIRとの相乗効果を期待する。万博の6カ月で世界161カ国とネットワークが築かれた。「世界からノウハウ、エネルギーをもらった。これが万博の最大のレガシー」と熱く語り、万博閉幕後は夢洲をIRと合わせて国際観光拠点にする構想がある。さらに夢洲に集まった旅行者を日本各地へ送客する「ゲートウェイ型ハブ都市」を目指す。
「新しい道を作るにはリスク、摩擦がある。でもハレーションを恐れていたら何もできない」。アジアNO・1への挑戦は続く。【松浦隆司】
■「ミャクひろし」で始球式も
溝畑氏は万博をPRする「ミャクひろし」としても活躍する。開幕前から1日8時間、万博の公式キャラクター・ミャクミャクのかぶり物を着用することをノルマにしてきた。「ミャクミャクはしゃべらないから、俺がしゃべってやろう」。台湾、中国、日本各地、プロ野球の始球式でも「ミャクひろし」として登場し、SNS上でも大きな話題となった。
「ブレずに最後までやる」「大阪から日本を変える」と情熱を注ぐ溝畑氏の座右の銘は「一流は道をつくる。二流は道を選ぶ。三流は道に流される」。
総務省をやめ、社長として率いたJリーグ大分を08年にヤマザキ・ナビスコ杯優勝に導いた。当時の日本サッカー協会の川淵三郎キャプテン(会長)からもらった「走りながら考えろ」「やるならどの分野でも日本一を目指せ」の言葉を大事にしてきた。
◆今後の夢洲開発 万博閉幕後の25年10月~26年3月まで万博会場跡地となる「2期区域」の事業者を募集。その後、27年度中には万博会場のパビリオンなどの撤去が完了する。30年秋ごろには万博跡地北側の「1期区域」にカジノを含む統合型リゾート(IR)が開業予定。
◆溝畑宏(みぞはた・ひろし)1960年(昭35)8月7日、京都市生まれ。洛星中・高から、東大法学部へ進学。卒業後は、自治省(現・総務省)に入省。90年に大分県庁に出向し、04年にJリーグ大分の代表取締役に就任。08年にヤマザキ・ナビスコ杯優勝に導くなど、チームを育てた。10年には観光庁長官に就任。15年4月、大阪観光局長(理事長)に就任した。

