今回の「ケイバラプソディー~楽しい競馬~」は明神理浩記者が44歳で競馬の世界に入ってきた栗東・安達厩舎のオールドルーキー、竹内彰秀調教助手(45)を紹介する。馬術の世界では大きな大会で上位入賞を果たした実力者。紆余曲折を経てトレセンに入り、奮闘の日々を送っている。

担当馬のスラッシュをブラッシングする竹内彰秀調教助手(撮影・白石智彦)
担当馬のスラッシュをブラッシングする竹内彰秀調教助手(撮影・白石智彦)

竹内さんが競馬と出会ったのは中学生の頃。「いとこが競馬好きだったんです。当時は競馬のゲームもはやっていて、そのときに馬に魅了されたんです」。

中学3年のときに乗馬クラブに入ったのが最初のターニングポイント。

「乗り始めると乗ることが楽しくなって、馬術にどっぷりはまりました」

大学も馬術の名門、京都産業大学に進学。4年間、汗を流した。卒業時、競馬の世界に向かう選択肢もあったが「自分は体が大きいので競馬には向かないと思ってたのもありましたが、それより一番は馬術が楽しかったんで馬術をきわめたい、オリンピックを目指してやりたいと思って乗馬クラブに就職しました」。

乗馬クラブで日々の仕事と競技に奮闘。全日本障害馬術大会や国体で入賞を果たした。

その後は結婚など環境の変化もあって一線を退き、クラブの経営を支える側に。営業所の所長を任されるまでになった。

一見すれば順風満帆。だが、微妙な心境の変化が起こる。「いいか悪いかわかりませんが、ちょっと熱意がなくなってしまって。今思えば何か刺激が欲しかったのかもしれません」。

その頃、滋賀県で乗馬クラブを立ち上げるという話もあって、乗馬クラブを退職。営業所のあった関東から栗東トレセン近郊に引っ越してきた。

担当馬のスラッシュと竹内彰秀調教助手(撮影・白石智彦)
担当馬のスラッシュと竹内彰秀調教助手(撮影・白石智彦)

ここで第2のターニングポイントを迎える。結局、乗馬クラブ立ち上げはうまくいかなかったが「今まで馬しかやっていないし、馬でいこうと」。知り合いとも連絡を取り、浮上したのが体が大きいからと、1度は遠ざかっていた競馬の世界だった。

18年から年齢制限が撤廃されたJRA競馬学校の厩務員課程を受験して一発合格。競馬学校では「自分より同期が若いし、教官も自分よりも若い人が多いので、気を使われることに逆にこっちも気を使いました(笑い)」。

昨年の5月から安達厩舎で働き始めて1年が経過した。担当馬は2着にはきたが、まだ未勝利。目指せ、初勝利だが、竹内さんに焦りはない。「10月に担当した馬が競走中止で安楽死になったんです。いつかは経験するとは思ってたんですが、あまりに早かったので。初勝利は欲しいんですが、まずは無事にです」。安達師は竹内さんの働きぶりを「頑張ってくれています」と評価する。

つらいことの後にはいいことがあるのが世の常。ウイナーズサークルで竹内さんの姿を見るその日を楽しみにしている。