高原のねごと

幻となった阪神大和の登板、ちょっと見てみたかった

 広島、阪神の長野-富山遠征に行ってきましたわ。開業したばかりの北陸新幹線にも乗ったし、帰りに福井にも用事があったので「はくたか」「つるぎ」「しらさぎ」「サンダーバード」と名前のついた列車にもたくさん乗りましたし。

緊急登板の可能性があった阪神大和
緊急登板の可能性があった阪神大和

 これが鉄道マニアだったらうれしいんだろうけど、そんな趣味は皆無。はよ着けよ~、と思いながら揺られていました。

 しかし23日の広島-阪神戦(長野オリンピックスタジアム)は本当に大変でした。延長12回引き分け。順位こそ違えど、開幕前は優勝候補とされながら、どちらもモタモタしているチーム同士ならではの長~い試合だった。

 面白かったのは阪神が投手を使い切ったこと。12回裏2死から8人目の島本が登板。野間を打ち取り、ゲームセットとなりましたが、このとき、ネット裏は少しザワつきました。

 その時点でベンチにいたのは梅野だけ。万が一、島本が故障したり、危険球退場などという事態に陥ったら投げる投手はいない。そんな場合、一体、どうなっていたのでしょうか。

 阪神ベンチはちゃんとシミュレーションしていたそうです。

 「投手がいないんだから野手が投げないと仕方がないよね。その場合、第1候補は大和。大和を投げさせていたよ」

 翌日、富山アルペンスタジアムでの練習時、興味津々の取材に対しハッキリと答えてくれたのは平田ヘッドコーチです。

 「大和は選手の中でもコントロールがいいんだ。和田監督ともそういう話をしていた。まさかの場合のシミュレーションはしていたよ」

 そうか。もしかして、散々もつれた揚げ句に、野手の大和が登板していたかもしれないと思うと、少し残念? な気もしたりして。

 ちなみに野手の登板で思い出されるのは96年の球宴。あのイチロー(マーリンズ)が投げたときです。同年の球宴は3試合制で、1戦目は福岡ドーム(現ヤフオクドーム)、2戦目が東京ドーム、そして3戦目が富山アルペンスタジアムでした。

 あのとき全パの仰木彬監督は球宴前から「イチロー登板」を公言していました。我々の中では本拠地球場ではなんとなく具合が悪いのでは、という予測で富山での登板が有力視されていたのですが、結局、仰木さんは平然と東京ドームで登板させましたね。

 そんなことを思い出した長野から富山の旅。この1勝1分けで、阪神はなんと首位に立ちました。


取材生活30年を超える古だぬき記者。吉本興業から宝塚歌劇団、あるいはヤバい人たちの取材から始まり、プロ野球ではイチロー日本一(96年)星野阪神V(03年)緒方広島連覇(17年)などの瞬間に立ち会った。日刊スポーツ大阪本社編集委員。

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