中日の球団通算1万試合は悔しすぎる敗戦に終わった。投手陣が踏ん張れず、逆転負け。54分間の雨天中断に見舞われた8回に勝ち越しを許しての敗戦だった。和田、平田の本塁打で作り上げた快勝ムードが吹き飛び、最下位脱出チャンスも逃げていった。このまま終わるわけにはいかない。

 無情の打球が右中間に飛んだ。54分間の試合中断後に再開したが、悪い流れは変わっていなかった。

 雨がうらめしい。7回裏から降り出した雨はどんどん強まり、8回裏にピークを迎えた。3番手田島は間を置くなどして中断をアピール。だが、その時点で試合が止まることはなく、制球を乱した右腕は先頭から四球、死球。3人目の梵が初球にバントをファウルにすると、ようやくストップがかかった。54分待たされたあげく続投した田島は、会沢に決勝三塁打を浴びた。

 勝ちたかった。勝たねばいけなかった。5回終了時、場内アナウンスで1万試合達成が告げられると場内から拍手が起きた。節目の試合にふさわしく白熱した展開。優位に運んでいたのは中日だった。

 初回の和田の先制3ランでムードができていた。「高い球を狙っていて、狙い通りに高い球をしっかり打つことができた」。3回はルナの遊ゴロ、4回には平田の2試合連発の9号ソロと順調に点を重ねた。18日の球宴第2戦からマツダスタジアムでは3試合で4発の大当たり。前日2発4安打の絶好調男は「完璧に打てた」と胸を張った。

 1万試合を祝うように野手陣は活発だったが先発山井がピリッとしなかった。2回にエルドレッドに2ラン、4回は自らの野選なども重なり2失点。そして同点の8回、田島が崩れた。

 阪神、オリックスに続く3球団目の1万試合。前身の名古屋軍が1936年4月29日、初のプロリーグ戦として大東京と対戦。以来79年かけて積み重ねてきた。リーグ優勝9度、日本一2度。来年は球団創設80周年だ。ずるずると下位に居残るようでは明るい未来は見えてこない。【柏原誠】

 ▼チーム通算1万試合=中日 21日の広島15回戦(マツダスタジアム)で記録。初試合は名古屋時代の36年4月29日大東京戦(甲子園)で、名古屋が8-5で勝利。この試合が記念すべきプロ野球初の公式戦で、プロ野球最初の勝利は中日がマークした。1万試合到達は阪神、オリックスに次いで3球団目。中日に続き、9988試合の巨人が1万試合に近づいている。