阪神藤浪の「特例退寮」は正しかったのか/寺尾で候

<寺尾で候>

日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。

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阪神の複数選手が新型コロナウイルスに感染した一連の動きからは、改めてチーム作りをする球団フロントの在り方を考えさせられた。

藤浪に感染が判明したのは3月26日だった。翌27日に伊藤隼、長坂にも陽性反応がでたことを公表。揚塩球団社長はメディアの入室を限定した会見を開いた。

それによると3月14日に大阪市内の知人宅で3選手と寮の選手含む4人、「社外の方」という5人の計12人で会食。後日、さらにメンバーが増え、同席した20代女性3人の感染も分かった。

世界で感染が拡大する非常事態に、フロントは外出自粛を呼び掛けていたのに大宴会に参加する無神経さは厳しく責められる。他球団にも影響を及ぼし、フロントの管理責任は重い。

ここで思い当たるのは3年前の17年、プロ5年目の藤浪が開幕直後の4月16日に体調不良を訴え、「インフルエンザA型」と診断されて出場選手登録抹消されたことだった。

この年の藤浪はフロントが判断した“特例”で「虎風荘」を退寮していた。本来は「高卒5年、大卒2年以上」が義務付けられたルールが、4年で寮を出ることを許された。

当時、球団首脳だったフロントに異を唱えたことを覚えている。1年前倒しでの退寮を認めた理由について「本人に自覚が出て、一人前と認めた」と説明を受けた。

その後、開幕してすぐにインフルエンザにかかったことが判明したことで再び指摘すると、同じフロントは「人間だから風邪だって引きますよ」と回答するものだからあきれた。

なにも退寮して1人暮らしになったことと、インフルエンザ感染の事実を結びつけたかったわけではない。球団がこの将来性豊かな選手をどのように管理し、育てたいのかという姿勢を問いたかったのだ。

果たして、あのときの判断は正しかったのだろうか。世論の目は厳しい。球団フロントはいかにあるべきか。阪神は試練に立たされている。

◆藤浪の虎風荘退寮 藤浪は17年1月16日、4年間住んだ虎風荘を退寮した。高校出身の選手は5年以上を寮で過ごす決まりがあるが、異例の1年前倒しとなった。球団幹部は「藤浪は別格。浮ついたところもない。自己管理もできる」と理由を説明。藤浪自身が15年オフから自立したい意思を伝えており、認められた。ところが17年シーズンは、当時の自己最少となるわずか3勝どまり。プロ初の不振による2軍落ちも味わい、オフには25%ダウンの推定1億2000万円で更改した。