勝利投手にはなれなかったものの、当たり前のように西武与座海人投手(27)がお立ち台に呼ばれた。

「今年も投げたいなと思ってたんですけど、いろいろ巡り合わせもあると思うので。こうして投げ終えれてとても良かったです」

7回無失点。回を追うごとに、持ち前の間合いが円熟味を増す。「尻上がりに、徐々に自分の投球を出せていけました」。日が落ちた西の空がマジックアワーと呼ばれる美しい色彩になるがごとく、マウンド上で与座も輝いた。

家族ら約50人の与座応援団も声をからし、それに負けじとスタンドから指笛が鳴りまくる。少年球児たちも多く訪れる中、プロ野球のアンダースロー投手というものを存分に示した。

沖縄尚学時代は3年夏も背番号11だった。この球場で投げた思い出も、そんなにはない。ただ高校での学びがこの日も生きた。

5回だ。先頭打者に死球を与え、8番梅林のバントが転がった。与座はマウンドを駆け降り、速やかに二塁送球。1-6-3の併殺で、大事な中盤を封じた。

春季キャンプでも投手陣の守備練習は徹底された。与座の動きの鋭さは、特に目立っていた。

「守備はもう、高校でみっちり鍛えられたって感じで。それができないと試合に出られない高校だったので。バント処理の入り方や投内連係のタイミングとかはすごくやりました。相当やり込んだんで、3年間で毎日やってたくらいなんで。忘れたくても体に染みついちゃってるので、その名残が」

4回も清宮、万波を連続三振にし、松本剛を投ゴロに打ち取ると、一塁にぴゅっと力強く送球した。アンダースローと同じくらい、フィールディングは与座のストロングポイントだ。

海人の名は、与那国島で暮らした亡き祖父が漁師で「海」が好きだったことに由来する。だから郷土への思い入れは強い。「1球1球にわいてくれたり、沖縄の選手が出てくるとより盛り上がってくれたり。すごくあったかい雰囲気というのは感じます」と1年ぶりの登板を楽しみにしていた。「ライオンズにも日ハムさんにも、両方のチームにいい声援があることが、素晴らしいことと思います」とうれしそうに話す。

「温かい声援、ありがとうございました。来年もここでやりたいので、大人の方、よろしくお願いいたします」

自身では何度練習してもできなかった指笛が、とんでもない大音量ながら心地よく、耳に届いた。【金子真仁】

【関連記事】西武ニュース一覧