5月27日に亡くなった漫才師今くるよさんが、相方の今いくよさんとコンビで出演した「さんまのまんま」(14年7月放送分)が9日、関西地区で再放送。番組は「ありがとう今くるよさん さんまのまんま」と題し、冒頭、テロップでくるよさんの冥福を祈る旨を伝え、スタートした。
さんまが師匠の笑福亭松之助さんに着いていた駆け出し時代からを知るいくよさん、くるよさん。当時を思い、2人は「女子の部屋なんかないし、お風呂も、お手洗いも(男女)一緒」と振り返った。
さんまが、なぜ漫才を始めたのか聞くと、くるよさんが「職場の友達が、あんた、おもろいわ」と、吉本興業入りを勧められたと説明。2人はともに会社勤めをへて、漫才の世界へ飛び込んでいるが、きっかけはくるよさんが漫才へ興味を持ったこと。「そんで、(いくよさんが)キャプテンやったし、誘って」コンビを組むに至った。
2人は、明徳商業高校(現・京都明徳高)のソフトボール部出身。いくよさんがキャプテンで主軸、くるよさんはマネジャーだった。高校時代を思い起こした2人。くるよさんは「足が遅いの。ヒット打っても、ファーストでアウトになる」と言い、いくよさんは「当たったら大きかったけどね。1年生でマネジャーに切り替わらはった」。
さんまの駆け出し時代からを知る2人は、思い出トークに花を咲かせ、さんまが24歳で東京へ進出し、大成功を収めていった当時に言及。くるよさんが「どのへんからギャラ、上がってきた?」と聞けば、いくよさんは「私ら、(収入を)2倍にすんの夢やったのに」などと述懐した。
当時、すでにさんまは大人気で、くるよさんは「私ら(収入増に)必死やったのに、さんまちゃん(ギャラアップと)言わへん。さんまちゃん『休みほしい』やもん! 吉本で初めてやったんちゃう?」と、当時を思い起こして語った。
そのまま最前線を走り続けてきたさんまに、くるよさんが「でも最近、テレビ見てて、若くなった」と指摘し、いくよさんを見やって「ブラピやもんな」。さんまが「え?」と聞き返すと、いくよさんが「ブラッド・ピット!」。ニックネームつけが好きだった2人は当時、さんまを「吉本のブラッド・ピット」と呼んでいたと明かした。
いくよさんは、この放送から1年もたたない15年5月28日に死去、そして9年後の今年、1日違いの命日で、5月27日にくるよさんが亡くなった。
あうんの呼吸で進むトーク。エンディングでは、くるよさんが「どやさ」を披露。さんまは「元気なおばあちゃんや」と感心して終了したが、この日の再放送も、大笑いする3人の様子で終えられた。



