俳優仲代達矢(なかだい・たつや)さん(本名元久=もとひさ)が8日午前0時25分、肺炎のため、都内の病院で死去した。92歳。11日、主宰する無名塾が発表した。演劇と映画の両輪で第一線で活躍し、亡くなる5カ月前まで主演舞台を務めた。生涯現役を貫くとともに、後進の育成にも心血を注いだ役者人生だった。通夜、告別式は、近親者のみで執り行い、お別れ会などは予定していない。
◇ ◇ ◇
うそであってほしいと思った。数年前、仲代さんがなくなったといううわさが出た時があった。デスクから確認してほしいと言われ、マネジャーに電話したら、仲代さんが出た。怒られると思ったけれど、「林さん、僕は生きてますよ。アッハッハ」と笑い飛ばしてくれた。
謝られたこともあった。自ら書いた本のことで取材した時、俳優としての引き際の話になった。それまではいくつになっても俳優を続ける「生涯現役」と言っていた仲代さんが「引退も考えている」と、初めて引退を口にした。「これ、書きますよ」と言っても拒みはしなかった。帰社して、原稿を書き上げようとした時、仲代さんから電話があり、「記事にするのを止めてほしい」と言われた。「引退」の2文字が大きな見出しになることでの影響の大きさを心配してのストップだった。普通の本の宣伝記事になったが、後に会った時、「迷惑をかけたね」と言われた。
戦争を体験した、数少なくなった世代の1人だった。終戦の年、東京に住んでいた12歳の仲代少年は、空襲に遭遇した。逃げる途中で、道に立ちすくむ年下の少女と出会い、彼女の手をつかんで一緒に逃げた。近くで爆弾が落ちても必死に逃げた。気がついたら、少女の姿はなかった。仲代さんがつかんでいた手の先には、彼女の腕だけが残っていた。このつらい体験をことあるごとに語った。日本を代表する名優は、誰よりも戦争を憎む人だった。【林尚之】



