異色の27歳が、いまだ日本人が届かぬ最高峰NFLに大前進した。アメリカンフットボールのキッカー松澤寛政(ハワイ大)が25日(日本時間26日)に、ラスベガス・レイダースと電撃契約。指名漏れしたドラフト外の新人として異例の3年間で合意した。20歳になるまでアメフト未経験。動画を手本に独学で練習し、夢に迫っている。ふるいにかけられるキャンプやシーズン前の試合を経て開幕ロースター(登録枠)に生き残れば、米4大プロスポーツで唯一不在のままの日本人NFL選手が誕生する。

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「残念」の直後だった。ドラフト最終日、開始から7時間7分が経過し、最終の257人目も松澤の名は呼ばれなかった。NFLの国際練習生として招待席に座り、他人の笑顔を3日連続で見続けた。指名漏れは覚悟していても、落胆の色はにじみ出た瞬間、携帯電話が鳴った。「レイダースのコーチから。その時点で行きたい気持ちがあったので、すぐ返答した」。もちろん「イエス」だ。渡米した5年前、それと「ノー」しか話せなかった男が、夢の輪郭を一気に太くした。

米国最高の人気競技。肉弾戦の極みで、身体能力の差が最も出るため「日本人には無理」が定説だった。キッカー自体1人(全体216位)しか指名されなかった狭き門だが、舞台裏ではスーパーボウル(優勝決定戦)制覇3度のレイダースとの電撃サインが待っていた。米報道によると、ファルコンズやラムズも参戦した争奪戦になっていた。

経歴も異色で、より本場で注目された。千葉・幕張総合高までサッカー部で主将FWとして県8強。大学でも続けるはずが、受験に2年連続で失敗した。「どん底」。人生探しの短期旅行で渡米した19歳の秋、アメフトと出合う。運命か、当時オークランドが本拠だったレイダースの開幕戦を観戦し、突拍子もなく「NFLに入る」と宣言した。

帰国して楕円(だえん)球を買い、都内でアルバイトしながら、公園で蹴り込んだ。敵陣ポール間にボールを沈め、フィールドゴール(3点)などを狙う専門職。有名選手の動画をYouTubeで見て、独学でフォームを体得した。2年後の21年夏、オハイオ州の短大へ。22歳で初めてアメフトの実戦に出たが「遅くから始めても、ここまで来られる」。実感を込めた。

自身の動画を売り込んでハワイ大に編入。25年の開幕戦から25本連続でFGを決め、NCAA(全米大学体育協会)1部の最上位カテゴリー記録に43年ぶりに並んだ。自負する「正確性」と「Tokyo Toe(東京のつま先)」の異名を、米本土まで響かせた。

ただ「やっとスタートライン」だ。90人前後が参加する夏から秋開幕時の53人に生き残れば、日本人初のNFL選手が誕生する。「最も近づいた男」WR木下典明も07年にファルコンズと2年契約を結んだが、開幕前にカットされた。「NFL選手になって満足ではないので」。夢への序章。まだ開かずの扉をノックしたに過ぎない。【木下淳】

◆松澤寛政(まつざわ・かんせい)1999年(平11)1月8日生まれ、千葉県市川市出身。1浪も実らなかった大学受験後、アメフト経験者の父に勧められて渡米。21年に進んだ短大は、オハイオ州ネルソンビルの公立2年制ホッキング大。ハワイ大では25年に全米2位のFG27本(成功率93%)。最高の大学生キッカーに贈られる「ルー・グローザ賞」の最終候補3人に残った。ドジャース大谷翔平投手に憧れ、背番号も同じ17。188センチ、91キロ。

◆ラスベガス・レイダーズ 60年にオークランドで創設。82年のロサンゼルス移転や帰還の後、現在のラスベガスへ20年に移った。昨季は地区最下位。今ドラフトは全体1位でインディアナ大の全米制覇QBメンドーサを指名。本拠地はアレジアント・スタジアム。

 

▽02年から2年連続で49ersのキャンプに参加した河口正史氏 (Xで)「凄っ、、このタイミング、、ホンモノの証」

 

◆NFLデビューまで 地元紙や代理人によると、松澤は今週末からレイダースのミニ合宿に参加。5月からチームがNFL基準で行うオフ期の体づくりに着手する。勝負は夏で、キャンプとプレシーズンゲームを経て半数に絞り込まれる開幕ロースターを目指す。現在は非公表の契約金だけ保証されているが、登録を勝ち取れば最低年俸88万5000ドル(約1億3717万5000円)が支払われる。パイオニアのLB河口正史と木下はプレシーズンゲームまでは出場も、公式戦には届かなかった。

 

◆米4大プロスポーツの日本人先駆者(NFL以外)

▼MLB 日本人初の大リーガーは投手。64年9月にジャイアンツと契約した村上雅則が、同1日のメッツ戦でデビュー。1回を1安打無失点だった。

▼NBA PG田臥勇太が04年にサンズと契約。同年11月3日、ホークス戦で第4クオーター途中から10分間で7得点1アシスト。

▼NHL GK福藤豊が07年にキングスでプレー。同年1月13日、ブルース戦の第3ピリオドから途中出場。4セーブを記録した。