【大庭雅〈下〉】ファンの声がつないでくれた競技人生 色紙に記す「幸せを届けます」

日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週月曜日にフィギュアスケーターのルーツや支える人の思いに迫る「氷現者」をお届けしています。

シリーズ第8弾は大庭雅(27=東海東京フィナンシャル・ホールディングス)を連載中です。スケート界では大学卒業を機に引退する選手が多い中、「社会人スケーター」としてリンクに立ち続け、昨年末には11度目の全日本選手権に出場を果たしました。

下編では、大学3年生以降の道のりをたどります。安藤美姫さんが教えてくれたこと、ファンに支えられた競技人生、ずっと変わらなかった思い…。その1つ1つが、今につながっています。(敬称略)

フィギュア

   

22年全日本でフリーの演技をする大庭

22年全日本でフリーの演技をする大庭

10年全日本の安藤美姫に心奪われ

その「ミッション」は、いつまでも色あせなかった。

2010年12月25日。長野・ビッグハットでの全日本選手権。

大庭雅は憧れの舞台で躍動した。初出場ながらショートプログラム(SP)で8位発進。会場に響いた歓声は、15歳の心を満たした。

その後はどこか高揚した気分で、観客席に腰を下ろしていた。有名なスケーターが次々と滑っていった。そんな中、あの2分50秒は始まった。心を奪われた。

「ただただすごいって思いました」

白色の衣装をまとった安藤美姫が、麗しく舞っていた(写真)。

曲は映画「ミッション」より「ガブリエルのオーボエ/滝」。ゆったりとした曲調にあわせ、情感を込める。繊細に、力強く、氷上を滑る。

会場全体が引き込まれていった。演技が終わると、観衆が立ち上がった。割れんばかりの拍手が、鼓膜を震わせた。

「そこから注目するようになりました。ジャンプのキレだったり、踊り方だったり、表現だったり。憧れました」

そんな風に思ったスケーターは、初めてだった。

19年全日本、安藤美姫さんに付き添われキスアンドクライへ

19年全日本、安藤美姫さんに付き添われキスアンドクライへ

21歳自分の伸びしろに気づかせてくれた

初めての全日本選手権から5年が過ぎた。2016年春、大学3年生のシーズン前。

憧れの存在であり続けた安藤だったからこそ、何度も振付を頼み込んだ。

持ち寄ったのは、2010年に安藤が舞っていた「ミッション」。「これ、私の曲じゃん」と笑ってツッコミながらも、“初めての振付”を約束してくれた。

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岐阜県不破郡垂井町出身。2022年4月入社。同年夏の高校野球取材では西東京を担当。同年10月からスポーツ部(野球以外の担当)所属。
中学時代は軟式野球部で“ショート”を守ったが、高校では演劇部という異色の経歴。大学時代に結成したカーリングチームでは“セカンド”を務めるも、ドローショットに難がある。