J2ヴァンフォーレ甲府は「出世クラブ」だ。予算が小規模ながらも隠れた逸材のスカウトにたける。ワールドカップ(W杯)アジア最終予選で3戦連発のMF伊東純也(28=ゲンク)は甲府でプロ生活をスタートさせ、世界に羽ばたいた。

伊東のほかDF佐々木翔、MF稲垣祥ら3人の日本代表を輩出。昨季もDF関口正大ら大卒1年目が定位置で頭角を現し、大卒3年目のMF中村亮太朗(24)は今季、鹿島へ移籍。甲府でスカウトを担当する森淳氏(57)に、逸材発掘と選手をステップアップさせる秘訣(ひけつ)を聞いた。

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甲府の“眼力”はすさまじい。W杯アジア最終予選得点王の伊東は、神奈川大在学中に、森氏の目に留まり獲得した逸材だ。同じく甲府でプロ生活をスタートさせた佐々木、稲垣も森保ジャパンに入り、3人が代表へ出世した。

大卒選手を獲得する際、世代別代表など「大学生第1グループ」はJ1の強豪チームが獲得していく。予算規模が小さい甲府は大学3、4年から試合に出始めた選手や2部リーグの選手から逸材を発掘するのが常だ。実際、伊東は大学3、4年では関東2部でプレーしていた。その中で、森氏が大事にするのは「すごいものがある」「ここを直せば成長する」の2点。森氏は実際に平塚(現湘南)でコーチ経験もあり、伸びしろを見抜く力があることも大きい。

神奈川大時代の伊東はスピードが光っていた。特に印象に残ったのは1年時の流通経大との試合。森氏は当時、神奈川大4年の佐々木のプレーを視察するために会場を訪れていた。そこで後半途中に伊東が出場。森氏は「伊東が入って試合がガラリと変わった。相手がそのスピードに翻弄(ほんろう)されてしまって、最後まで修正できず。伊東が入ったことで相手がおかしくなったのを見て、この選手はおもしろいなと」。いち早く目を付けた。今でこそゴールラインまでえぐり、高速クロスを上げるが、大学時代はタッチラインに出てしまい相手のゴールキックになるシーンが多かった。技術は粗削りも、森氏は「うちのコーチなら直せる」とJ2クラブとの競合の末に獲得した。

佐々木は神奈川大時代から左足のキックの精度が高く、本人と話すまで右利きだと気付かなかったほどの「すごさ」があった。稲垣は帝京高時代から見ており、器用さはなかったが、球際やプレスバックの頑張りに「すごさ」を感じていた。日体大でさらに強さが増し、獲得に至った。佐々木はプロ1年目はJ2でプレーしている。

森氏が強調するのは「選手が最も伸びるのは試合」ということだ。昨季の大卒新人の関口も「毎試合毎試合、高い強度と圧力の中で戦うJリーグはすごい」と森氏に実感を口にしたという。森氏は「連続して試合に出るということ、毎週プロの強度で、たくさんの観客がいる環境の中でプレッシャーも感じながら20試合以上、出続けることはやはりすごいことなんだと、その言葉に驚かされた」。

小規模クラブやJ2スタートは一見、回り道に思えるが、実は違う。J1のビッグクラブでは、外国籍選手や国内で実力がある選手がひしめき、大卒の選手がいきなり先発に定着することは難しい。だが、甲府のような規模のクラブでは、新人が即戦力として活躍するチャンスが多い。J2スタートでも、試合出場を重ねて活躍すれば、J1からオファーが舞い込む。そうなれば、年俸も上がり、J1スタートで試合出場に恵まれていない選手に比べ、経験も生涯獲得金額も上回るのだ。伊東は1年目で30試合4得点と経験を積み、翌年には柏へステップアップ。佐々木と稲垣もJ1強豪へ移籍し代表へ駆け上がった。今年は中大から獲得したMF中村が、プロ3年目でビッグクラブの鹿島へ移籍し、努力して日本代表へのぼり詰めていった先輩たちに続こうとしている。

甲府は昨季、関口、鳥海、長谷川ら大卒新人が即戦力として活躍した。森氏のスカウト場所も幅広く、関東大学サッカーリーグ2部を頻繁に視察。2部の学生も、プロになるチャンスは十二分にあるのだ。スカウト活動は甲府がJ1にいたころの方がやりやすかったというが「自分としてもJ2であってもやりがいはあるし、J2にいながらも甲府を何とかしたい。燃えるのは燃えますよね」と話す。

今季は前橋育英高時代に全国制覇して注目を浴びたFW飯島陸が法大から加入。昨季の新人の鳥海同様、身長は高くないが、抜群のスピードが武器で、創造性ある攻撃が生まれそうだ。今後、甲府にどんな選手が生まれ、試合経験を積んだ若武者がどう成長していくのか。「出世クラブ」甲府には、代表に羽ばたいた先輩と同じコースがある。【岩田千代巳】

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昨季加入したDF関口は、開幕先発を勝ち取り34試合2得点。法大時代は主将を務め天皇杯でJ2東京V、G大阪を撃破した経験がある。甲府から早い段階でオファーを受け「僕はJ2を希望したというか。そもそもJ1ではまだ通用する自信がなかった。J1でプレーする自信を付けるためにJ2から入った」と明かす。

実際に試合を重ねて感じたことは、対戦相手の分析。プロの専門のスカウトの対策は大学時代と比にならない。「縦を切られたりしてうまくいかなかった。監督やコーチと話をしながら工夫をして、試合に出るからこその気づきもあります」と話す。

A契約を締結する際に、クラブ幹部からは「海外も視野に入れて頑張れ」と激励を受けた。まったく視野になかったというが「伊東純也選手も海外でプレーしている。可能性を狭めることだけはしたくないなと思って。そこを目指した上で、今は甲府のためにしっかりとやりたい」。

関口と法大の同級生のMF長谷川も36試合7得点と結果を残した。「試合に出て成長できている。僕は大学時代、主に攻撃でパワーを使っていたけど、守備面での考え方やプレーはよりやっていかないと生き残っていけない」と試合を重ねたからこその実感を口にした。

◆森淳(もり・あつし)1964年(昭39)4月5日、神奈川県生まれ。日体大を経て、フジタ工業サッカー部(のちのベルマーレ)に在籍。引退後は平塚のスカウトとして中田英寿、外池大亮、中町公祐らを獲得。仙台の強化部を経て、10年から甲府のスカウトとして活動。