9年連続34度目出場の富山第一が逆転で3回戦へ進出した。主将のMF多賀滉人主将(3年)が、幼なじみの同期DFにささげる決勝PKで3大会ぶりに初戦を突破した。
逆境から始まった。前半15分、京都橘の主将FW西川桂太(3年)に先制ゴールを献上。しかし、ハーフタイムのロッカールームでは「いける」と手応えの声が上がった。迎えた後半11分、多賀主将を経由した展開から、まず同点に追いつく。右クロスがファーサイドへ大きく流れたところ、先発起用された背番号20のFW谷保健太(3年)が合わせ、体ごとゴールに押し込んだ。
今季はセカンドチームが主戦場だったが、最後の大舞台で先発に抜てきされた男が「必ず1本くると思って、仲間を信じていた」という好機をものにした。序盤こそ「強い…速い」(多賀主将)と面食らったが、主導権を奪い返した。
さらには35分、相手ボックス内で得たPKで逆転した。ボールが、意図的ではない相手の腕に当たるハンド。目の前で見ていた主将の多賀は、笛が鳴った場合は判定は変わらないだろうな、と1人、ボールを持ってスポットで待ち続けていた。審判が線審と確認し、正式にPKとなると、キッカーに固定されている多賀がゴール左隅へ流した。「緊張して足が震えてボテボテの当たり…ヤバい…」と苦笑いしながらも「蹴り込んできたので自信があった」とギリギリのラインへ流す。反応したGKも届かない絶妙なコースで吸い込まれた。
ガッツポーズの後、カメラマンのエリアへ向かった多賀は自身の背番号6のユニホームをめくり、下に重ね着していたユニホームを誇らしげに示した。3番。大会直前合宿で右かかとを骨折し、メンバーから外れたDF岡田駿也(3年)のものだった。
「保育園から一緒の幼なじみ。岡田のユニホームを着て戦うと決めていたし、岡田も着てほしいと言ってくれたので。応援席を見たら、もう岡田が泣いていて(笑い)。早いやろ、まずは試合を締めないと」
その後、相手の猛攻に耐え抜いて3大会ぶりの初戦突破に導いた。
前夜、ミーティングで岡田から涙ながらに託されていた。彼の父悠史さんは富山第一が4強入りした99年度の選手権で主力だったMF。その父を超える夢を、最後の選手権に懸けていながら、開幕直前に離脱を余儀なくされていた。
涙のメッセージを受け取った多賀は「幼なじみだけでなく、DFリーダーとしても岡田の不在は不安だったけど、選手権に憧れてトミイチに来た岡田のために結果を出したかった」と見事、まずは年越しにつながる決勝PKを沈めた。
就任1年目の加納靖典監督(42)も「岡田のお父さんとは一緒にプレー(1学年下)していますし、涙ながらのメッセージは響くものがあった。勝因は、あえて言えばチームワークですね」と教え子を誇った。
主将の多賀自身も、追いかけてきた5歳上の兄が敗れた2回戦の壁を破った。「兄のベスト32は超えたんで良かったです」と笑いながら、その先にある2度目の日本一へ突き進む。
ちょうど10大会前の13年度、富山第一は悲願の選手権制覇。今年も、夏の県高校総体と冬の選手権予選ともに無失点と盤石で、同校勝てている年に共通する「堅守」を磨いてきた。
今春、部員の不適切なSNS投稿による活動自粛の後、着任したOBの加納監督は「ボックス周りの守備から着手した」という。「クロスの攻防、数的不利でも体を張るところを」と粘りを磨いてきた。この日も体現するような守備から、こちらも伝統の「速攻」で反撃し、ベスト16に駒を進めた。
「目標は日本一なので、近づけるように頑張ります」と多賀。加納監督も「まだ優勝した年の方が強いかもしれないけれど、トミイチらしい堅守、速攻、セットプレーで1つずつ壁を乗り越えて、日本一という目標に挑みたい」と目線をそろえた。
3回戦は駒沢で佐賀東と対戦する。仲間の思い、伝統を背負うトミイチが10大会ぶりの景色へ登頂していく。【木下淳】



