日本サッカー協会(JFA)宮本恒靖会長(47)が22日、都内で、「大日本蹴球協会杯」返還式に出席した。
1935年から1940年までの6年間、全日本蹴球選手権大会(現天皇杯)の優勝チームに授与され、その後の所在が不明となっていた「大日本蹴球協会杯」が、昨年慶大体育会ソッカー部の合宿所より発見されたことを受けて返還された。
三田ソッカー倶楽部の県恵一会長から受け取った宮本会長は、「戦前の貴重な資料が出てきたということで非常に驚いていると同時に、これを目の前にして若干圧倒されるようなところもある」と笑顔をみせた。
大日本蹴球協会杯84年ぶりにJFAに戻った。現役時代に日本代表やクラブで数々の優勝杯を掲げてきた宮本会長は「発見の経緯を知っていることもあり、本当に重たくて、どっしりしている」と明かした。現在は黒みがかっている優勝杯は、当時シルバーに輝いていたと考えられるが、JFAは歴史を感じさせるために、あえて磨かなかったという。「それが重みをより増幅させているというか、見た目の重みも含めて感じるかなと思います」と2・48キロ以上の重みを実感していた。
今後はJFAが取り組むサッカー文化創造拠点「blue-ing」などで一般公開していく。
優勝杯は、1940年の第20回大会を制した慶応BRBが、第2次世界大戦の激化を受けて41~45年大会が中断したため、そのまま保管していたものとみられる。
発見のきっかけは2022年の天皇杯100回大会だった。歴代優勝チームに天皇杯のレプリカが贈られたことを受けて同大が過去にさまざまな大会で獲得した優勝トロフィーを整理する中で見つかったという。当時の記念写真のパネルに写る優勝杯と酷似していたため、もしやと思い、JFAとも連絡をとって調査を重ねた結果、今回の返還につながった。戦時下では金属類回収令により、当時の大半の優勝杯が消失しており、歴史的にも価値が高いものとなった。



