<J2:山形3-2愛媛>◇第44節◇11月30日◇ニンスタ

 雪国の雑草軍団が、チーム発足25年目で初のJ1昇格を決めた。勝てば無条件で自動昇格が決まる愛媛戦に3-2の勝利。残り5分間で2点を奪う逆転劇で、夢切符を自力でつかみ取った。今季就任した小林伸二監督(48)が、昨季9位のチームを再建。現有戦力を成長させる信念に基づいた改革をクラブにもたらし、就任1年目で結果を出した。来季続投も確実で、J1でも旋風を巻き起こす。

 昇格を告げる勝利の笛が響いた瞬間、小林監督は顔をくしゃくしゃにして、両拳を突き上げた。主将のMF宮沢は泣きじゃくり、DFレオナルドは芝に伏して動けない。劇的な決勝弾を決めたFW豊田は「やっとJ1に行けます!」と涙声で笑った。3度、宙を舞った同監督は「J加盟から10年。皆さんが待ち望んだ夢がかないました」と声を震わせた。

 決して順風の船出ではなかった。ホーム開幕戦で、JFLから昇格したばかりの岐阜に3-5で大敗。一時は12位に沈んだ。同監督は「自分のポジションに戻る」というシンプルな約束の徹底と、前線からプレスをかける戦術に転換。得点が増え、失点が減る好循環を呼び込み、5~6月にチームタイ記録の6連勝で2位へ浮上。その後は一時的に3、4位に落ちたものの、2位を快走した。

 昇格請負人が、わずか1年で、東北の金欠クラブをJ1に押し上げた。小林監督は昨年11月に、統括グループ長を務めていた福岡を契約途中で解任された。大型補強を求める当時のリトバルスキー監督に対し、現有戦力の活用を主張してクビにされた。「信念は曲げない」。そう言い切って山形に来た同監督は、昨季までJ通算無得点のFW長谷川を改造した。軸足の置き方やシュートの蹴り方から教え、相手に応じた狙いを毎試合、伝授してチーム得点王(13点)に育てた。樋口前監督の時代は少なかった居残り練習も陣頭指揮し、豊田も北京五輪の代表に成長。選んだ道は間違っていなかった。

 先発選手以外への指導も怠らない人心掌握術で、国内外6クラブを渡ったFW財前が「控え選手が腐ってないチームは初めて」と評するチームをつくった。メンバー外の選手には面談時に課題を与え、克服した時は試合で使った。食事量を確認するシステムも整え、若手の体重は平均5キロ増えた。私生活からチームの一員として接し続けた。

 クラブは1日にも続投要請を行う。小林監督は「契約はこれから」と前置きした上で「1年目は残留を目指して、慣れた2年目から自分たちの色をつけたい」。J1で旋風を起こす未来像を、早くも描いていた。【木下淳】