ドイツサッカー連盟(DFB)とケルン体育大学が共同で作った戦術分析組織「チーム・ケルン」に、日本代表を丸裸にした敏腕アナリストの日本人スタッフがいる。ケルン体育大学4年の平川聖剛さん(26)。まるで感情を抜きにクライアントからの発注通りの仕事を完遂する「スパイ」のようだ。

FIFAワールドカップ(W杯)カタール大会前に入念に時間をかけて分析し、母国の戦術的特徴などをドイツ代表に提供。今日23日の初戦を前に平川さんが取材に応じ、その複雑な心境を明かした。

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「お前ちょっと聞いていいか? 今どんな気持ちでプレゼンしているんだ?」

平川さんがフランクフルトにあるDFBの施設で、ドイツ代表の分析担当スタッフ相手に日本代表の戦術分析結果のプレゼンをしていると、急にストップが入った。

難関試験を突破し「チーム・ケルン」加入3年目の平川さんは、映像分析の能力の高さ買われ、ドイツが大事な初戦でぶつかる母国・日本代表の戦術分析を任された。

「ぼくはもう自分のキャリアのためだけに、キャリアにプラスになればいいと思って仕事をやっているから、ドイツが勝ってほしいとか、日本が勝ってほしいとか一切関係ないから」と伝えて、先のストップを振り切った。

異国の地でサッカーを職にして生きていくためには、それが本心だった。

「チーム・ケルン」は、W杯、欧州選手権という2年に1度くるビッグイベントをターゲットに稼働する。現在63人いるメンバーを6班に分け、それぞれ担当する国や選手を決めて、徹底的に分析するという。

平川さんは、グループリーグで日本とドイツが同組になった瞬間に、各班に担当国の割り振りを決める上司に「おれに日本をやらせてくれ」と猛アピール。念願かなった。「もう最高やなという感じです。絶対注目浴びるやんみたいな」と母国の分析を担当することにためらいはなかった。

同じ班のメンバー10人のうち、平川さん含めて対戦国の戦術分析担当が2人。残りのメンバーは対戦国の選手個人の分析を担当したという。

「日本代表は直近の7試合全部見ました。半年前くらいかな。W杯予選でオーストラリアと戦った後くらいから全部見ている。そもそも90分みて、自分で全部シーンを分けて、そこから自分の中で、パターンごとにカテゴリー分けて、これが一番頻度多いなとか。相当時間かけましたね。まず90分×7で630分。ぼくのイメージだと(それぞれの試合を)2回以上は見ている。相当時間かかっています」

「普通ここまで時間かけないですね。でもなんかいろいろ起きそうやなって思ったし、いろいろ聞かれるやろうなっていうのもあったので、ちょっと時間をかけて、なんのミスも起きないように。だからといって当たるかわからないですけどね。メンバーのケガとかもあるし」

選手個人の分析とはどのようなものなのか。

「決められたカテゴリーというか、ものすごく簡単にいうと、パス、ドリブル、コントロールのシーンでの癖みたいなのを分析します。『あいつは、ディフェンスと中盤の間で受けてターンする』とか、『守備の時戻ってこない』とかですね」

「その映像とかは、『Wyscout(ワイスカウト)』っていうサイトがあって、例えば、三笘薫とか打ったら、三笘薫選手の過去6カ月分の映像が出てきて、各カテゴリーの切り取られて、1対1とかカットインとか、シュートとか。トラップしたタイミングの映像とか出てきて、それをみて彼の癖はこうだなっていうのをみます」

選手個人の分析は、代表メンバー26人全て行う。ある程度はメンバー発表前に予測に基づいて進めて、サプライズ選出されたメンバーなどを急いで分析して特徴を洗い出す。

アナリストとしてのやりがいを聞くと、「映像見て、相手がこうしてくるっていうのが出てきて、それに対して自分のアイデアがどハマりしてゴール決まった時は最高ですね。『言った通りやん』みたいな(笑い)」。日本で大学で数学を専攻していた頭脳を存分に生かしている。

一番気になるのは、どのような分析結果になったのか、日本の弱点は何なのか、ドイツ代表はどのような対策を練ってくるのかという部分だ。

その点を突っ込むと、「実際日本はどういうふうに戦うべきかとかは、みんなが気になるところ、記事にしたい部分だと思うんですけど、言えないんですよね…」とかわされた。

少し粘ると「いやぼくも聞いたんですよ、『チーム・ケルン』の上司の人に。『どこまで話していいんですか?』って。そうしたら『そんなの自分で考えろよ、わかるだろ』みたいな感じでした。ははは」と豪快に笑った。

では、日本とドイツどちらが勝つのか。

「日本がめちゃくちゃ弱いとは思っていないですよ」と断りながら、「(日本が)勝てる可能性はあると思いますけど、答えられないです」。

続けて「ぼくはどっちでもあるので。(日本は)母国でもあるし、ドイツのために働いているっていうのもあるし。(自分のアナリストとしての)キャリアのことを考えたら、ボク的にはドイツが勝った方がありがたいですね」としつつ、「ただ試合が始まると、たぶん日本のこと応援するやろなっていうのはありますね」と本心をのぞかせた。

試合は大学で、友人とみる予定だ。

「ドイツ人も日本人も来ると思います。大学で見ていたら、きっといろんなやつが集まってくるので。『VAR!』とか言い合ってるんじゃないですかね(笑い)」

仕事は仕事、趣味は趣味。仕事を終えた今、割り切って4年に1度のお祭りを楽しむつもりだ。【佐藤成】

◆平川聖剛(ひらかわ・せいごう)1995年(平7)2月23日、福岡生まれ。修猷館高-東京学芸大教育学部初等数学科選修。大学プレーヤーとして活躍。18年卒業後、渡独。19年からケルン体育大学、20年から「チーム・ケルン」所属。指導歴は、18/19年、U16フライブルガーFCのアシスタントコーチ、19/20年、U11ボルシア・リンデンタール-ホーエンリントのコーチ、20/21年、U12、U17ボルシア・リンデンタール-ホーエンリントのコーチ、21/22年、U13ボルシア・リンデンタール-ホーエンリント監督、社会人1部リーグビクトリア・グレシュパッフェンドルフのコーチ兼アナリスト、22/23年、社会人1部リーグビクトリア・グレシュパッフェンドルフのコーチ兼アナリスト。