日本唯一2度のW杯指揮で、初出場と海外大会初の16強を経験したサッカー元日本代表監督、岡田武史氏(66=日本協会副会長、J3今治会長)がドイツ撃破に目を潤ませた。FIFAワールドカップ(W杯)カタール大会の「特別評論家」として、森保一監督(54)の勝負手より、時には「選手任せ」と批判されながらも主体性を持たせた4年半のチーム作りを評価した。【取材・構成=木下淳】

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W杯で初めての逆転勝ちがドイツ相手とは、本当にすごい。富士山に登る時、歩いていたら勝手に頂上に着くことはあり得ない。普通に試合していて「あれ、ドイツに勝っちゃった」もあり得ない。勝つために準備してきたから結果を出せた。まだ個々では相手の方が上だけど、勝利のため強い意志でやってきたから神様がご褒美を…いや、もう実力だ。震えるような思いだよ。勝った瞬間、ジーンときたし、目がウルウルした。優勝経験8カ国に、W杯はもちろん公式戦で勝つのは初めて。日本は祝日にならないのかな(笑い)。

前半は(9月の米国戦で光った)プレスをかけるメンバーと陣形が全然はまらなかった。伊東を押し下げられ守備が機能せず、後半は3-4-3(2-1)で最終ラインを5枚にした。サイドバックが中に絞る必要がなくなった分、伊東が下がらなくて良くなって、プレスもかかるようになった。あとは「点を取れ!」という強烈な意志を感じる交代策を打って打って、見事に選手が応えてくれた。

PK献上の場面が象徴的だったが、振り回されて片方のサイドに集められ、穴を突かれた。もし自分がサイドラインにいたとしたら「まずい」とビビッて、前半のうちに動いていたかもしれない。最初に守備へ出る選手が定まらないので奪いどころがなく、後ろの選手も後手後手だった。最後のところでGK含めて何とか体を張って防いでいた。

しかし、サッカーは恐ろしい。優勝4回で心得ているはずのドイツでさえ、最も大事なことを忘れてしまった。「ゴールを奪う」ではなく「逆サイドへ振ろう」「ここにパスを通してやろう」となり、振り回すことが目的になって、得点を狙う気迫が薄くなった。サウジアラビアがアルゼンチンに勝った試合もそうだ。前半のサウジのプレスは良くも悪くもなく、でもメッシがPKを決めた後、アルゼンチンに余裕が漂った。そうはしてこなかった堅実なドイツでも、ああなるとは…。まさに過渡期だよ。

森保の采配は見事だったけど、手を打っても機能しないチームはある。彼が選手の主体性を促すチーム作りをしてきたからこそ、だった。後半の3バックも裏目に出れば中盤が足りなくなり、さらに劣勢となる危険性があった。でも選手は対応し、長友に代えて三笘で「リスクを冒して点を取りにいけ」と采配と現場の気持ちが一致した。選手たちが自らこなすチーム作りをしてきたからだと思う。

14年ブラジル大会は初戦でコートジボワールに逆転負けした。「自分たちのサッカー」にこだわり、変化が起きた時に対応できなかった。18年ロシア大会はコロンビアに同点から勝ち越し。W杯で南米勢に初めて勝った。今大会は、森保がさまざまな状況を想定し、選手が主体的に動けるよう努めてきた。時に「選手任せ」と批判されながらも我慢して我慢して、強引な采配で勝つこともしてこなかった。それが実を結び、この大切な局面でハマッた。

個人的にも喜ばしい。98年と10年の2大会に出て、表面的なことは言ってきたけど、経験を包み隠さず伝えたのは森保が初めて。日本サッカーに「ちょっと残せたかもしれない」と実感できた。自国を率いる「クレージージョブ」は家族も大変だけど、日本人の森保が4年半きっちり、初めてW杯後の全てを率いて本大会でも結果を出した。ものすごく意味があることだ。

自分が30年前(92年)に引退してドイツへコーチ留学した時、元日本代表と言ってもメガネかけた人間なんて相手にされず、練習にも入れてもらえなかった。全体が終わり、居残り組のボール回しでようやく加われて「日本人なのにサッカーできるの」と驚かれた。そんな日本が今では。世界で一番、順調に急激に進歩しているんじゃないかな。

その意味で、サッカーにおいて最も大事なマインドセットができてきた。自信は「持て」と言っても持てるものではなく、例えばブンデスでBミュンヘンと対戦するなど経験を積み重ねないと。96年アトランタ五輪でブラジルに勝ったり、99年ワールドユースで準優勝したり、敗れても「こうすれば勝ちようがある」という経験を重ねて国のスタンダードが上がってきた。

だからメンバー26人のうち19人にW杯出場経験がなくても渡り合えた。森保はギャンブルに勝った。例えばカタールは、初出場でW杯の重圧にのまれていた。本来はもっと戦える。ところが、ボール受けた時に怖くて180度ターンできなかった。まず90度で回ってみて様子を見て「来てないな」と確認してから前を向いていた。1度で前を向けないのは初W杯のえたいの知れないプレッシャーを恐れていたから。でも今の日本は欧州で常に体感して慣れている。あとはW杯でも同じように戦えるか。森保は賭けに出て勝ったんだ。

(大会前の展望でキーマンに指名した)堂安も良かった。森保から、W杯出場を決めた3月に「奮起に期待して」メンバーから外したと聞いていたからね。大事な時期で、投げやりになってもおかしくない。「もういいよ、代表なんて」となってもおかしくない。そんな状況から、はい上がってきた。気持ちが強いなと思って推したら持っていた。よく、あの同点機で目の前にボールがこぼれてきた。

ともかく、W杯で初めてという前に逆転勝ち自体、チームがものすごく盛り上がる。自信になる。先制して守り倒して逃げ切るのではなく攻めて勝ったわけだから。この後が楽しみだ。

ただ、次のコスタリカを軽く見て勝てるほどには日本は至っていない。スペインに大敗はしたけれど、開幕前に「ドイツに勝つ可能性は十分あるが、コスタリカに負ける可能性もある」と言ってきた通りだ。まだその立ち位置では、ターンオーバー(先発の大幅な入れ替え)をする余裕まではない。3戦目を考えず、とにかく2戦目を勝つためのベストメンバーを組んで挑むべき。きっと森保も同じように考えているはずだ。(98年フランス大会、10年南アフリカ大会=日本代表監督)

【W杯】森保監督「日本サッカーのレベルが世界に近づいているということ」ドイツに勝利/一問一答