サッカーW杯ロシア大会で日本を16強に導き、今年7月にタイのA代表とU-22代表の兼任監督に電撃就任した西野朗氏(64)が5日、W杯カタール大会アジア2次予選の開幕ベトナム戦を迎える。

森保ジャパンに先駆けて自身初のW杯予選へ。このほど単独インタビューに応じ、タイ代表の強化策、海外挑戦の覚悟、指導者人生の展望を打ち明けた。【取材・構成=木下淳】

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西野監督が再びサイドラインに帰ってくる。就任発表から、ちょうど50日目の5日。タイを率い、本拠に宿敵ベトナムを迎え撃つ。

先月20日に初代メンバー33人を発表。札幌MFチャナティップや横浜DFティーラトンらJリーグ組に、国内組を10人多めに招集して28日の練習初日を迎えた。通訳を介して指示し、初対面の選手には「ワイ(胸の前で両手を合わせる伝統的あいさつ)」で心をつかんだ。

試合当日までに23人を絞り込む作業が、手探り状態を物語る。印象について「ゆったりした国民性をサッカーでも感じるけど、性格を変えろ、とか極端なことを言う気はない。彼らの生い立ちや過程は無視できない」と理解を示しつつ「どこまで協調できるか、妥協できるか、我慢できるか。自分も選手も。そこの戦いはある」と覚悟を示した。

ぶっつけ本番だが、慣れたもの。昨年も就任2カ月でW杯本大会に突入し、決勝トーナメントに導いた。ベルギーには、あの14秒カウンターで2-3の逆転負けを喫した。

「あれが世界。教訓を突きつけられたけれど、今後の日本の基準になるであろう、ポジティブな部分も出せた。その質を上げ、1試合の中で少しでも長く継続できるように。ヒントをもらえた。自分も、あの試合を監督業のスタンダードにしたい」

その経験をタイに落とし込んでいくのか。安易な誘導には即答しない。10秒ほど考え「タイの場合、別次元と言われかねないから。着実に」と慎重に言葉を選んだ。

ただ、単なる発展途上国とは見ていない。FIFAランキングは115位(日本は33位)だが「彼らだって、アジアや世界のレベルを知らないわけじゃないから。『そんなに遠い世界ではないよ』と気付かせたいし『みんなJリーグでやりたくないの? やれるよ!』と言っていく」。

アジアのトップや世界に目を向けさせながら、タイ初のW杯を目指す。2次予選は激戦のG組に入った。UAE、ベトナム、マレーシア、インドネシア。

「かなり厳しいよ。UAEという絶対的な…まあ、絶対とまで言わないけど抜けている国があり、東南アジア勢がつぶし合う。メコン川ダービーだか、何たら海峡ダービーだか知らないけど、いわゆるガチってやつ? 2位になっても(最終予選に)進めない可能性があるし、そこは『確実に突破させます』と軽々しく言えない。ただ『東南アジアで束になってUAEを倒そうぜ』となれば面白いよね」

突破すれば、日本との夢決戦が待つ。日本協会の技術委員長時代、五輪監督に指名し、後にA代表の兼任も推薦した森保監督との対決が待つ。「西野さんと最終予選で戦いたい」と森保監督が語ったことを伝え聞くと「ポイチちゃん、その言葉、上からだよな~。ふふふ」。おどけつつ続けた。

「(6月の)南米選手権は素晴らしかった。ポイチを評価するのは恐れ多いけど、ガラッとチームが変わったのに何で同じように戦えるんだと驚かされた。A、BどころかC、Dまでチームを持ってるかのような。確実に成長させてくれている」

前任の自身は、そこに立ちはだかることで日本を成長させたい。W杯以来1年ぶりの現場復帰を「幸せ感」と表現して喜び、64歳にして野心は燃えさかる。

「世界的に見れば年寄りでもない。定年がないから、ありがたいよね、この世界は」

森保ジャパンの選手が今回、史上最多の欧州組19人となった一方、日本人指導者の海外進出は大きな波になっていない。

「シンガポールの吉田達磨とか(本田圭佑が実質監督の)カンボジアとか頑張っている。今のJの監督も、まず国内で力をつけて海外を目指してほしい。自分に追随してくれればと思う」

その挑戦はいつまで続くのか。最後に聞くと口角を上げた。

「ピッチの、芝生のにおいが分からなくなるまで。あの香りを感じられる間は、続けようか」