【ダラス(米国)14日(日本時間15日)】日本代表MF中村敬斗(25=Sランス)が今大会の日本1号を決めた。0-1の後半12分に、右足で股抜きの同点ゴール。1学年下のMF久保建英(25=Rソシエダード)のアシストから、強敵を追う口火を切った。バルセロナなどで活躍した元ブラジル代表MFロナウジーニョに憧れ、磨いてきた技術とシュート力を大舞台で披露。森保体制2季目のW杯で、主役をつかみ取る。

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冷静な男が、W杯でほえた。同点弾を決めた中村が、ひざから滑った。右拳を握った。そして振った。“盟友”久保の胸に飛び込んだ。初舞台での初得点。「狙い通りのゴール」と喜びが爆発した。昨年10月のブラジル戦で得点、3月のイングランド戦ではアシスト。強敵をことごとく粉砕する男が、また爪痕を残した。

1点を追う後半12分。ペナルティーエリア左で、久保からパスを受けた。中央へ一歩、二歩。ボールを刻んだ。ロナウジーニョのような細かいドリブルで、相手の股を開かせた。右足で左隅へズドン。得意な“敬斗ゾーン”からたたき込んだ。第1号に「本当に特別な感覚だった」と浸った。

20年前、輝いて見えたピッチに立った。幼稚園年長だった、06年ドイツ大会。カナリア軍団を率いる10番に魅了された。テクニシャンをまねて、リフティングのしすぎで股関節を負傷。トレーナーに治療を受けながら、いきなり「どうすればロナウジーニョみたいな動きができますか?」と質問した。本場の空気を味わうため8歳でブラジルにも行った。道路で、ビーチで、子どもたちと球を蹴った。憧れを追いかけ、5大会後にW杯にたどり着いた。

前回はまだ、その舞台は遠かった。第1次森保政権には縁がなかった。22年カタール大会後、23年3月に初招集。そこから一気にブレークを果たした。きっかけは同年6月、エルサルバドル戦の代表初ゴール。久保のアシストから決めていた。今回も相棒から「初」のお膳立て。年代別代表でも共闘した間柄で「いつもアシストしてくれて感謝。あうんの呼吸じゃないが、しゃべらなくても(パスが)来るだろうと分かっていた」とホットラインを見せた。

三笘の負傷で不安視された左ウィングバック問題も解消。背番号13が存在感を示した。次戦に向けて「簡単な試合なんてW杯にない。勝ち点3を取りたい」とどん欲に勝利を求めた。日本のテクニシャンが、燃えてきた。【飯岡大暉】

◆中村敬斗(なかむら・けいと)2000年(平12)7月28日生まれ、千葉・我孫子市出身。地元の高野山SSSで始め、小学4年で柏U-12に加入。6年時に再び高野山へ戻り、中学1年から三菱養和。ユースに所属した高校2年の18年にG大阪とプロ契約。19年7月からトウェンテ(オランダ)シントトロイデン(ベルギー)LASK(オーストリア)などを渡り歩いて23年8月にスタッド・ランスへ移籍した。U-17W杯など世代別代表を経験。A代表は23年3月ウルグアイ戦でデビュー。昨年10月のブラジル戦ではゴールも。国際Aマッチ通算26試合11得点。180センチ、73キロ。

【動画】中村敬斗、右脚一閃 ゴール左に同点ゴール!

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