2008年北京五輪トライアスロン男子金メダリストのヤン・フロデノ(ドイツ)の話題の動画を見た。新型コロナウイルス対策に取り組む医療機関への寄付を募るため、自宅でトライアスロンに挑戦する映像をライブ配信。逆流プールで3・8キロ泳ぎ、室内マシンでバイク180キロとフルマラソンを完走してみせた。タイムは8時間33分39秒。

募金は2日間で20万ユーロ(約2300万円)を突破したという。世界中の拍手喝采が聞こえてくるようだ。社会が直面している課題に対する問題意識の高さ、そして、その型破りな発想と行動力への称賛だろう。一方で彼の動画は、スポーツが単に人々に夢や希望を届けるだけではなく、社会問題を解決するための非常に有効なツールでもあることをあらためて思い出させてくれた。

11年の東日本大震災直後、スポーツ界に支援の輪が広がった。多くのアスリートたちが街頭や試合会場に立って募金を呼び掛けた。選手個人からの義援金も5億円を超えた。それらの活動はスポーツの存在意義と信頼を高め、スポーツが社会と密接に結びついていることを人々に実感させてくれた。ちまたで“スポーツの力”という言葉をよく耳にするようになったのもこの頃からだ。

あの震災以降、日本のアスリートにも社会貢献への意識が広がった。今回もサッカー日本代表の酒井宏樹が所属クラブの本拠地マルセイユ(フランス)の病院などに計5万ユーロ(約600万円)を寄付したと報じられた。サラゴサ(スペイン)の香川真司も市議会の基金に寄付していたことを元同僚らが明かして、謝意を表している。彼らの行動は、コロナ禍が終息した時、きっと多くの人の声援や支援となって返ってくるはずだ。

現役引退後、自らの知名度を生かして社会貢献活動に身を投じた元プロボクシング世界ヘビー級王者のムハマド・アリ(米国)は生前、こんな言葉を残している。「私の使命は人々を愛すること。人々に貢献することは、この地球に住むための家賃みたいなものだ」。今、なぜかふと彼の姿とともに思い出した。

スポーツができない今、スポーツだからできることがある。でも“社会貢献”なんて堅く考えることはない。もっと肩の力を抜いて、シンプルに自分にできることを考えればいいのだ。フロデノの動画はそう語っているようでもある。【首藤正徳】

トライアスロン世界選手権シリーズ横浜大会 エリート男子で優勝したヤン・フロデノ(中央)、左は2位クリス・ゲンメル、右は3位ハビエル・ゴメス(09年08月23日)
トライアスロン世界選手権シリーズ横浜大会 エリート男子で優勝したヤン・フロデノ(中央)、左は2位クリス・ゲンメル、右は3位ハビエル・ゴメス(09年08月23日)