<第86回箱根駅伝>◇2日◇往路◇東京-箱根(5区間108キロ)

 「東洋の魔神」が今年も大逆転を演じた。山登りの5区(23・4キロ)で、東洋大の柏原竜二(2年)が、昨年自らマークした記録を10秒更新する1時間17分8秒の区間新を樹立。2年連続でチームを往路優勝に導いた。トップと4分26秒差の7位でタスキを受けると、6人をごぼう抜き。区間2位に4分以上の差をつける異次元の走りで、往路2位の山梨学院大に3分36秒差をつけ、2年連続の総合優勝へはずみをつけた。

 速すぎる柏原に、沿道からやじが飛ぶ。「ゆっくり走れよ、コラッ!」。他大学の関係者と思われる人からの声で、負けん気に火が付いた。「レース中は、前を追うことしか考えてなかった。『知るか!』と思って走りました」。10区間中最長の5区23・4キロ。標高864メートルを駆け上る天下の険は、今年も柏原の独壇場だった。

 首位と4分26秒差の7位でスタート。負担は昨年より32秒軽いが、きつさに変わりはない。5・35キロまでに3人を抜き、10キロで2位浮上。1人だけ違う足取りは、前を行く者の戦意さえ喪失させた。区間2位の山梨学院大・大谷康は「あまりにスピードが違って、気にしないで走ろうと思いました」と振り返った。

 12・7キロでトップの明大・久国をとらえ、一気に抜いた。1年前の記録を10秒縮める連続の区間新。「昨年の記録には、絶対負けたくなかった。後半は、自分の記録より、楽しんで芦ノ湖に着くことが目標でした」。ゴールが近づくと、笑いが止まらなかった。

 序盤は向かい風で、後半は一人旅。難しい条件での区間新は価値がある。東洋大の酒井監督は「筋力がついて、ひとまわり大きくなった。上りでは、他の選手の腰が砕けるところを、パワーで持っていく。1歩のストライド、推進力が違いました」と説明。「神ではないですよ。てんぐのように上ってくれた。鼻高々になっては困りますけど…」と笑わせた。

 柏原は今季、1万メートルで自己記録を20秒更新し、ユニバーシアードにも出場するなど、地道に力をつけてきた。山だけの選手ではない。福島・いわき市でテレビ観戦した母・次枝さんは「親にしても、何で速いか分からない。でも、負けず嫌いだった。上から下まで(兄4人、妹1人)いて、1人にかまってられなかったから…」と話した。

 昨年の区間新デビューで有名になり、街に出ると、時に指をさされることもあった。外出が嫌になった時期もある。もともと休日は部屋に閉じこもるタイプで、趣味はアニメ、ゲーム、漫画。座右の銘「ピンチにスマイル、勝利をゲット!」は、漫画「最強!都立あおい坂高校野球部」から引用したもの。逆境に動じず、勝利をつかんでみせた。

 往路優勝だけでなく、復路に向けて貯金もつくった。2位山梨学院大との差は3分36秒。距離にして1キロ以上のリードをつくった。「チームにいいアドバンテージをつくれてよかった。これで終わりじゃない」。昨年、出場67回目で初の総合Vを果たした東洋大。たった1人の男が、また箱根駅伝史を塗り替え始めた。【佐々木一郎】