暮れゆく2019年。スポーツ界には、さまざまな出来事があった。6月には18歳のサッカー久保建英がRマドリードに移籍し、8月にはゴルフで渋野日向子が全英女子オープンを初制覇した。秋のラグビーW杯日本大会では、日本代表が悲願の8強進出を果たした。各担当記者がこの1年の話題を連載「2019 取材ノートから」と題し、5回にわたって振り返る。第1回は、「笑わない男」ことラグビー日本代表プロップ稲垣啓太(29=パナソニック)の「笑わない美学」を紹介する。

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稲垣はW杯で「笑わない美学」を貫いた。1次リーグで優勝候補のアイルランドに勝利しても、8強進出の歴史の扉をこじ開けたスコットランド戦で代表7年目にして初トライを決めても、笑顔を見せなかった。その無表情にちなんだ「笑わない男」は、今年の流行語大賞にノミネートされるほどの人気ぶりだった。

なぜ、笑わないのか-。そこには、プロ意識の高い稲垣流の美学があった。きっかけは、野球に熱中した小学時代。巨人などで活躍した松井秀喜氏に憧れ、全国大会にも出場した強豪で4番捕手を務めた。試合中に笑顔になると監督から「歯を見せるな!!」と口酸っぱく言われた。相手に表情や態度から「隙を見せるな」という意味で注意された。素直な性格の稲垣は、しっかりそれを守った。

一方、試合以外ではニコニコしていた。卒業文集では2泊3日の修学旅行の思い出を書いた。タイトルは「佐渡で過ごした時間」。秀逸な文面で、書き出しから「1日目の活動は興味がなかった」。2日目は、山で「ヤッホー」と叫んだが山びこが返ってこなかったとオチまでつけた。イラストの佐渡牛は笑っていた。

花園常連の新潟工高でラグビーを始め、主将を務めた関東学院大4年時には関東リーグ戦で31季ぶりの2部降格を経験した。挫折を味わい、勝負の世界の厳しさを痛感した。プロ選手としてストイックな生活を続ける中、自然と練習などでも笑顔は消え、武骨な表情を貫くようになった。笑わないことについて稲垣は「人格なのか、根本的にヘラヘラするのが好きじゃない。試合は戦場。緩んだ表情は弱みを見せるのと同じ」と独自の考えを説明する。

容姿は格闘漫画「グラップラー刃牙」の花山薫に似ていて怖い。ただ、こわもてでありながら、強さと優しさを兼ね備えたギャップが魅力だ。原点とする故郷新潟への感謝の気持ちを忘れない人間性も愛される要因なのかもしれない。漢(おとこ)は背中で語る-。令和の新時代を迎えたが、23年フランス大会を目指す寡黙な仕事人は、昭和の大スターのような雰囲気を漂わせ「笑わない美学」を追求している。【峯岸佑樹】

○…稲垣の活躍に感動した新潟市の企業が、粋なクリスマスプレゼント計画を立てている。道の駅「新潟ふるさと村」と名産の雪室珈琲を製造する鈴木コーヒーは、コーヒー好きの稲垣のためにオリジナルパック(非売品)を製造中だ。パッケージには、座右の銘や小学生の頃の「笑う男」の写真が使われ、今月中旬にも本人へ発送予定という。新潟ふるさと村企画部の大橋佑充氏は「地元のコーヒーを飲んで、トップリーグ(来年1月12日開幕)でも新潟代表として戦ってほしい。メリークリスマス!!」と活躍を期待した。