22年北京五輪(オリンピック)団体銅メダル、個人5位の樋口新葉(22=ノエビア)が、昨年9月17日のチャレンジャーシリーズ・ロンバルディア杯(イタリア)以来、288日ぶりに実戦復帰した。

フリーに臨み、115・35点で3位。「今までの試合よりも楽しいなって思いながら滑ることができました。失敗しても成功しても、結構面白いというか、楽しいなって思いながら滑っていました」と白い歯を見せた。

髪先を赤く染めた樋口は、笑顔でリンクに立った。「前から使いたかった」という新フリー曲「Fix You/Paradise」に乗せ、冒頭でダブルアクセル(2回転半)を着氷させると、ルッツ-トーループの連続3回転ジャンプも降りた。ループジャンプが1回転となり、思わず苦笑いを浮かべる場面もあったが、3回転サルコー、3回転ルッツ、3回転フリップも危なげなく降りた。

後半のコレオシークエンス。そこでも、笑みをたたえていた。フィニッシュすると、会場は観衆の大きな拍手に包まれた。

演技後は「楽しい」「楽しむ」という言葉を繰り返した。

「今までの試合だったり、人生では、勝ちたいという気持ちのほうが強かったので、楽しむとか、ほんとに無意識に感じていることには気付けなかったんですけど、そういう自分の感情に気付くことができて。そういう気持ちで練習や試合ができたなって思うので、それを忘れないで、もちろん勝つことも大事ですけど、自分が楽しむことを一番に考えて滑りたいなって思います」

その新たな感情は、およそ半年の休養期間を経て、発見した思いだった。

右腓骨(ひこつ)疲労骨折の影響もあり、昨年10月に22-23年シーズンの全休を発表。リンクから離れ、昨年12月にハワイのホノルルマラソンに参加したり、髪を金色に染めたりした。「こういう生活もあるんだな」。全日本選手権(大阪)こそ見に行ったが、スケートとは距離を置く日々を送った。

本格的に練習を再開したのは4月1日。5月上旬の「プリンスアイスワールド横浜公演」へ向け、滑りを取り戻そうと思い至った。

意を決したものの、すぐに感覚はよみがえらない。2回転ジャンプも跳べなかった。

「全然できないんだな」

そう思い知らされた一方で、できないことができるようになっていく過程には、充実感を覚えた。

「トリプルもそうだし、ダブルアクセルもそうだし、ちょっとずつできるようになることがすごく面白くて」

3歳で競技を始めてから19年。何かを会得していく“楽しさ”に、初めて気が付いた。

復帰した当初は、過去の滑りを再現しようと思っていた。ただ、その気付きを得た今は、新しい未来を志向している。

「復帰した時に戻したいなって思ったんですけど、そうじゃないってだんだん感じていて。全く自分も新しい気持ちだし、全く別のジャンプが跳べたり、ほんとに前とは違う自分になったと思うので、違う自分を突き詰めていければいいなって思います」

口角を上げ、澄んだ表情で言った。

次戦は未定としながらも、すでに派遣が決まっているグランプリ(GP)シリーズ第3戦フランス大会(11月3日~5日)、第6戦NHK杯(11月24日~26日)へ思いをはせた。

「久しぶりに国際大会に出られるので、また緊張するだろうなとか、練習通りできるのかなとか思うんですけど、それでもできるだけのことは自分でやって、準備をして、どんな結果でも、それが今の自分なんだと思って、また次の大会に向けて頑張りたいと思います」

今の感情に従って、新たな自分を受け入れる。そんな日々にあふれる喜びを、かみしめていく。【藤塚大輔】

◆樋口新葉(ひぐち・わかば)2001年(平13)1月2日、東京都生まれ。3歳で競技を始める。14年ジュニアGPファイナル3位など。14年全日本選手権3位で新人賞。全日本選手権は21-22年シーズンまで8回連続で出場し、2位4回。18年世界選手権2位。幼少期からプロ野球ヤクルトの大ファン。愛称は「ばっちょ」。身長152センチ。