バスケットボール男子ワールドカップ(W杯)日本代表のエースとして期待される渡辺雄太(28=サンズ)が16日、都内で開催されたバスケ教室で中学生100人と交流した。
前日には自身の主催で高校生40人を指導。将来のバスケ界を担う子どもたちに2日連続でトッププレーヤーの技術や経験を熱く伝えた。8月25日には沖縄などで開催されるW杯が開幕。24年パリ五輪出場切符が懸かる大一番まで、残り40日を切った。
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憧れのまなざしで見つめる子どもたちの前で、渡辺はダンクを繰り出した。コートを包む感嘆と喝采。質疑応答では豪快なプレーから一転、初々しく投げかけられる問いかけに、丁寧に回答を重ねた。
この日はNBAの日本国内でのバスケ普及活動の一環として、Bリーグのユースチームに所属する中学生男女100人を指導。「NBA選手と生で触れ合う機会は、日本にいるとなかなかない。そういう機会を日本の子どもたちに与えられればと、ずっと思っていた」。誘いがきたとき、二つ返事で快諾した。
前日15日は、自らが初めて主催する形でバスケ教室を開催。高校生の男女40人と濃密なひとときを過ごした。NBAと選手会の労使協定で、W杯前の代表活動は最大28日と定められている。渡辺の日本代表合流は今月28日から。日の丸を背負う前の貴重な時間を、ジュニア世代の選手たちと2日連続で共有した。
伝えたのは技術や経験だけではなかった。努力する大切さを、かみしめるように説いた。バスケ界の未来を担う高校生の前では、熱く言葉を紡いだ。
渡辺 今でこそ米国に行ったことが良い選択だったとみられているけれど、俺が行く時はいろいろな人に反対された。それこそ、アメリカに行くことは大犯罪のような感じ。でもこうしてNBA選手になったことで『あのとき米国に行ったことが正解だったね』と評価される。これは、俺の努力が正解にさせた、と思っている。みんなもこの先、大事な選択をしていくことになる。でも、何を選択するかではなく、選択したあとに何をするかが大事。もしNBA選手になれていなかったら『米国行きは失敗だった』と言われていた。でも俺は努力してきたから、たとえ違う結果になったとしても、『正解だった』と胸を張って帰ってきたはず。みんなもいろいろな選択の中で、いろいろ考え、過程を大事にしながら生活してもらいたい。
パリ五輪出場権を逃せば代表引退という覚悟を持って挑むW杯。大舞台直前の限られた時間の中で、次の世代に思いを伝えた。努力で道を切り開いてきたからこそ、今がある。その情熱をプレーに乗せ、五輪切符をつかみ取る。【奥岡幹浩】
◆24年パリ五輪への道 8月開幕のW杯でアジア勢最上位になれば、パリ五輪切符獲得となる。一方で、上位16位以内かアジア勢2位に入らなければ、その後の五輪最終予選に出場できず、パリへの道が断たれる。W杯E組に入った日本の世界ランキングは36位。開幕日の25日にドイツ(同11位)、27日にフィンランド(同24位)、29日にオーストラリア(同3位)と1次ラウンド(R)で対戦する。上位2チームが2次Rに進み、下位2チームは順位決定戦に回る。
渡辺雄太(わたなべ・ゆうた) 1994年(平6)10月13日、横浜市生まれ、香川県三木町出身。香川・尽誠学園高では全国高校選抜優勝大会(現・全国高校選手権)で2年連続準優勝。米ジョージワシントン大に進み、卒業後にNBAグリズリーズとツーウェー契約を交わし、18年10月NBAデビュー。ラプターズ、ネッツを経て、23年にサンズに移籍した。16歳だった11年4月に日本代表に初選出され、19年中国W杯、21年東京五輪などに出場。妻は元フジテレビアナウンサーでタレントの久慈暁子。


