夏季を含めて日本女子最多のオリンピック(五輪)メダル通算10個を誇るスピードスケートの高木美帆(31=TOKIOインカラミ)が4日、世界選手権(5~8日、オランダ・ヘーレンフェイン)終了後に現役引退する意向を示した。自身のインスタグラムを更新し「今週末にオランダで開催される世界オールラウンド選手権を私のスケート人生の一区切りにしようと思っていることをご報告いたします」と日本語で英語で思いをつづった。

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今、思い返しても「並の15歳」ではなかった。

「あの~、これ…」。10年2月3日。バンクーバー五輪開幕目前の合宿のとある日だった。中3の女子が練習後に3人の記者に恥ずかしそうにモジモジ近づいてきた。真っ赤なほっぺをさらに赤くして袋を広げる。中にはチョコレートが入っていた。

高木美帆からの一足早いバレンタインチョコだった。ロッテのPRで長澤まさみと榮倉奈々の手作りで、高木に激励チョコとして渡されたものだった。直径40センチの巨大チョコが2枚。部屋で自分で細かく砕きながら周囲にお裾分けし、それが記者にも回ってきた。

当時はスーパー中学生として喧噪に巻き込まれていた。その矢印は高木自身にだけでなく、故郷の幼き高木を知る関係者にも向けられた。知らないところで“高木美帆”が一人歩きしていく。

「取材を受けたくない」。当然の反応だった。それでも周りに促され、五輪期間も含めて取材ゾーンを通らない日はなかった。

今なら考えられない。取材日は限定されるだろう。毎日、報道陣の前を通った。自分の言葉とともに。そして近づかなくてもいいのに、自らチョコを手渡した。そういう少女だった。

1000メートルは完走者中最下位の35位、1500メートル23位、そして団体追い抜きは不出場。これが最初の五輪の成績だった。仲間が銀メダルを首から下げた団体追い抜きは4人のメンバーには選出されており、出場していればメダルの有資格者だった。

「メダリストにならなくてよかった。この思いがソチにつながる」

ソチにはつながらなかった。だが平昌、北京、そしてミラノへ10個のメダルとなり結実した。15歳の覚悟は、今となれば「極上」の言葉だった。【バンクーバー五輪担当=広重竜太郎】