メキシコ出身のアレハンドロ・G・イニャリトゥ氏(52)は今、世界で一番ノッている映画監督と言っていいだろう。

 昨年の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」でアカデミー作品、監督、脚本賞を独占、今年は「レヴェナント 蘇りし者」(22日公開)でレオナルド・ディカプリオ(41)に初の主演賞をもたらし、自らは2年連続の監督賞に輝いている。

 「レヴェナント」で音楽を担当した坂本龍一(64)から、そんな絶好調男の仕事ぶりの一端を聞いた。

 「ハリウッドでは金を出す人が一番強い。どんな監督でもこれに従わざるを得ない。製作が始まっても監督の首が平気で飛ぶ世界です。そんな中で、彼の関わる企画はイニャリトゥありきで進行する。誰にも文句を言わせない。すべてを彼がコントロールしているんです。政治力と言っていいのか、そういう力を発揮しながら芸術性の高い、観客動員力もある作品を作りあげる。そこがすごいんです。そんな人は他にいない」

 大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」(83年)を皮切りに数多くの巨匠と仕事を共にし、ベルナルド・ベルトルッチ監督の「ラストエンペラー」でアカデミー作曲賞を受賞した「世界のサカモト」の言葉だけに重みがある。

 「イニャリトゥの音楽へのこだわりは独特です。もともとメキシコでDJをしていた人でとにかく耳がいい。『バードマン』も革新的でしたよね。音楽を担当したアントニオ・サンチェスにも会ったんですが、『ドラムの音で埋め尽くせ』というのが指示だったそうです。音楽も含めて大好き作品なんですけど、その直後の『レヴェナント』ではもう次の段階に進んでいる。荒い編集の段階で映像を見て、圧倒されましたね。冒頭のインディアンの襲撃シーンでいきなり引き込まれる。複雑な動きが自然光で撮られている。すごい! と思いました」

 極寒のロケ地で毎日8~9時間リハーサルが繰り返され、1日1時間しかない自然光のタイミング「マジックアワー」でのみ撮影が行われた。徹底したこだわりは先日来日したディカプリオからも聞いた。

 昨年5月に音楽担当を引き受けてから約半年間。坂本が求められたのはそんな映像に合わせた異例の音作りだった。

 「映画音楽といえば普通、分かりやすいメロディーを書きますけど、そんなものはいらない、という。メロディーよりもサウンドだ、と。サウンドの複雑な積み重ねが必要だ、と」

 06年の「バベル」でも坂本の曲を使ったイニャリトゥ監督はその音楽を熟知していた。

 「僕が忘れているような大昔の曲まで話に出てきて、アコースティックとテクノが融合したような、複雑な音の組み合わせを求められました」

 坂本ならではの振れ幅の大きさをそのまま音の深さに生かそうという構想だった。

 映画製作の過程で音楽担当が参加するタイミングは通常最後だ。あの「スター・ウォーズ フォースの覚醒」でも、ほぼ仕上げに入った昨年夏、来日したキャスリーン・ケネディ・プロデューサーが「あとはジョン・ウィリアムズが音を入れるだけですね」と、ほっとしたように語っていた。

 監督が「サカモトの音」にこだわった今回は異例に早い製作参加と言える。

 「毎日のように撮り直しや、編集直しやCGの調整が入って、音楽も変えていかなければいけない。正直たいへんでした。でも、その分、こうつなぐんだ、とか、ちょっとしたことでもこんなに変わるんだ、とか。イニャリトゥの仕事の裏側を見ることが出来て、それはいい経験ができました」

 作品ごとに驚きのあるイニャリトゥ作品の裏には監督がスタッフ、キャストの才能を徹底的に絞り出す鬼軍曹のようなプロデュース作業がある。【相原斎】