英エリザベス女王(90)が来日した75年5月は、大学受験の浪人生活を始めた頃で、在宅時間が長かったことから、ニュース番組に登場した女王のエピソードを良く覚えている。

 一番印象に残ったのは、都内の厳戒態勢を目の当たりにした女王が「これは誰のための警備ですか?」と真顔でたずねたことだ。「もちろん陛下のためです」と日本の警備担当者が説明すると「私にはこんな警備は必要ありません」ときっぱり返したのだ。平然と危険に向き合う勇気が記憶に焼き付いている。

 この22年前の戴冠式以来「国民に親しまれる王室」を目指し、周囲に悪意のかけらも感じていなかったのではないかと思う。

 が、そんな女王も97年、ダイアナ元皇太子妃の死去に際し、「王室とは無関係」とコメントを出さなかったことで「冷たい女王」と激しい批判にさらされることになる。

 ヘレン・ミレン主演の映画「クイーン」(06年、ピーター・モーガン監督)は当時の王室の舞台裏を描き出して興味深かった。夫のフィリップ殿下が「あの女(ダイアナ元妃)は死んでも王室に迷惑をかける」と吐き捨てる場面もあり、ここまでやっていいのか、と思うくらい生々しかった。女王が心痛のあまり涙ぐむシーンもあった。

 逆風を受ける前の、ひたすら威厳に満ちた来日時の姿を思い出したのは、4日公開の映画「ロイヤル・ナイト」(ジュリアン・ジャロルド監督)が、女王の自信と勇気の原点となった一夜のエピソードを描いているからだ。

 舞台は45年5月8日、対ドイツ戦勝が宣言された夜のロンドンだ。

 国王ジョージ6世(ルパート・エべレット)は、国民向けのスピーチ作成にいそしんでいる。映画「英国王のスピーチ」(10年、トム・フーパー監督)でクローズアップされた吃音(きつおん)を克服した国王だ。女王になることが決まっている王女エリザベス(サラ・ガドン)と妹のマーガレット(ベル・パウリー)は、王と王妃(エミリー・ワトソン)に戦勝に沸く市内への外出許可を求める。しぶる夫妻を説得した姉妹は、2人の近衛兵をお目付け役に市内に繰り出す。

 このお忍び外出は史実だそうだが、さまざまな脚色がほどこされ、姉妹のドキドキ感が伝わる起伏のある物語になっている。

 庶民にとっては王宮の中が夢の世界だが、王族にとっては外の世界こそがめくるめくファンタジーという図式だ。戦時中の灯火管制でシャンデリアを外された王宮内とトラファルガー広場のまばゆい喧噪(けんそう)が、それを象徴するコントラストになっている。

 近衛兵を振り切って「自由」を手に入れた王女は、バス代を立て替えてくれた空軍兵(ジャック・レイナー)と行動を共にし、淡い疑似恋愛に心を温かくする。妹のマーガレットはもっと過激に泥酔の末に売春宿に迷い込むが、ひょんなところで正体を知った王室ファンに助けられる。

 王女はラジオから流れる父のスピーチに耳を傾ける人々の姿に王室への敬意を実感し、一方で、不満や批判も肌で感じる。後に目指す「国民に親しまれる王室」という考え方の原点だ。

 サラ・ガドンはカナダ出身の29歳。11年には「危険なメソッド」でキーラ・ナイトレイと共演し、「世界で最も美しい顔ベスト100」に12年から4年連続でランクインしている。

 ヘレン・ミレン、「エリザベス」(98年)のケイト・ブランシェット…女王を演じた歴代女優にはシャープなあごのラインと切れ長で鋭い目という共通点があり、ガドンもこれを踏襲している。

 いずれもそっくりさんという訳ではないのだが、それが女王の威厳、強い意志を示す必須のフォルムなのだろう。【相原斎】