第89回アカデミー賞授賞式が26日、ハリウッドのドルビー・シアターで行われ、一番の目玉である作品賞の発表で「ムーンライト」が前代未聞の大逆転で作品賞を受賞する珍事が起きました。今年は最多タイとなる13部門14ノミネートされた「ラ・ラ・ランド」の圧勝ムードが漂っていただけに、最後の最後にこんなどんでん返しが起こるとは誰が想像できたでしょう。同作は最終的にはエマ・ストーンの主演女優賞や最年少受賞となったデイミアン・チャンゼル氏の監督賞、撮影賞、美術賞、主題歌賞、作曲賞の6部門に終わりました。作品賞を逃したストーンは、授賞式後のインタビューで「誰もが混乱していると思うけど、『ムーンライト』が受賞してみんな興奮しているわ」と語り、大波乱のオスカーを振り返りました。

 ではここでちょっと何が起きたのか振り返ってみましょう。トリとなった作品賞のプレゼンテ-ターとして壇上に登場したのは、俳優ウォーレン・ベイティと女優フェイ・ダナウェイという往年の大物コンビ。ベイティが赤い封筒から受賞作が書かれた紙を取り出した後しばらく読み上げずにいたところ、紙を見せられたダナウェイが「ラ・ラ・ランド」と発表しました。関係者が壇上に上がり、プロデューサーたちがスピーチを始めると、壇上に慌てた様子のスタッフの姿が。そして、実は受賞作は「ラ・ラ・ランド」ではなく、「ムーンライト」と訂正発表されたのです。壇上にいた関係者も会場にいた人たちも何が起きたか分からず騒然とした雰囲気に。そして、「ラ・ラ・ランド」のプロデューサーは受け取ったオスカーを返却し、「ムーンライト」の関係者に向けて祝福の言葉を贈ってステージを降りました。代わりにステージに上った「ムーンライト」の関係者は驚きを隠せず、また素直に喜びを爆発させることもできずに何とも言えない雰囲気のまま授賞式は幕を下ろしました。

 いったい何が起きたのかは調査中とのことですが、ベイティに手渡されたのは直前に発表された主演女優賞の発表が書かれたカードだったことが判明。そこにはエマ・ストーン「ラ・ラ・ランド」と書かれていたとのこと。しかし、ストーンによると自身の名前が書かれたカードは受賞後もずっと手元にあったと言い、なぜこのような事態になったのかは不明。過去83年間にわたって集計を担当してきた会計事務所プライスウォーターハウスクーパースは、失態の責任を認めて謝罪しました。世界中が驚く前代未聞の出来事に、司会のジミー・キンメルは「何が起きたか分かりませんが、私の責任だと思います。たかが授賞式ですよ。がっかりする人たちは見たくないけど、受賞スピーチも2度聞けたし、良い映画もたくさんあった」と何とかまとめてステージを後にしました。これに対し、「シックス・センス」などどんでん返しの映画を制作してきたM・ナイト・シャマラン監督は、「今年のアカデミー賞の結末は私が書いたんだよ。(司会の)ジミー・キンメルはすっかりだまされたね」とユーモアたっぷりにツイートし、あっと言う間に拡散され大きな反響を呼びました。

 トランプ新大統領が誕生した今年のアカデミー賞は、イスラム圏7カ国からの入国を禁止する大統領令により、外国語作品賞にノミネートされたイラン映画「セールスマン」の監督と主演女優が抗議のために授賞式をボイコットすると表明したこともあり、かつてないほど政治色が強い授賞式になることが予想されていました。そしてキンメルは開会早々に「この国は分断されている。世界225カ国以上で放送されていますが、ほとんどの国が我々を嫌っています」と世論が二分する米国の現状に言及するなど、予想通りの展開を見せました。その後も「ハリウッドはアウトサイダーを歓迎している。出身地で差別はしない」などとジョークを交えながらトランプ大統領を批判し、ゴールデン・グローブ賞でトランプ大統領を批判するスピーチで「過大評価された女優」とツイッターで攻撃された女優メリル・ストリープをネタに、「今晩ステージの上で(トランプ批判の)受賞スピーチをしたら、大統領から明日の朝5時にツイートがあることでしょう」と笑いを誘う場面もありました。受賞者からも「私は移民です。この賞は全ての移民のものです」とのスピーチが飛び出したり、プレゼンテ-ターとして登場したメキシコ人俳優ガエル・ガルシア・ベルナルが、「私たちを分裂する壁の建設に反対する」と語るなど、反トランプ発言が相次ぎました。

 そんな政治色が濃く反映された授賞式も、作品賞の取り間違えという衝撃的な展開に歓声をあげる人、驚く人、うつむく人とさまざまな表情が入り混じる中で幕を閉じました。かつてないほどのドラマがあった今年のアカデミー賞ですが、一夜明ければ来年のオスカーに向けて新たなスタートを切るのがハリウッド。来年も素晴らしい映画でたくさんの人を楽しませてくれることでしょう。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)