第68回カンヌ映画祭が24日(日本時間25日)その幕を下ろした。同日には、最高賞パルムドールを争うコンペティション部門の結果を発表する授賞式が行われた。邦画から唯一の出品となった、是枝裕和監督(52)の「海街diary」(6月13日公開)の受賞はならなかった。一方で、妻夫木聡(34)が出演する「黒衣の刺客(邦題)」(今秋公開)のホウ・シャオシェン監督(台湾)が、監督賞を受賞。北野武監督(68)が所属するオフィス北野が製作に名を連ねる中国、日本、フランス合作映画「山河故人(原題)」は受賞を逃した。

 日本の映画&芸能記者の立場から、日本人俳優、監督が絡む作品、日本関連の行事を中心にカンヌ映画祭を取材してきた。関係者や記者の間では「近年、これほど多くの俳優の参加や日本関連のイベントの開催はなかったのでは」との声が聞かれる。取材ノートをあらためて開いてみた。

 13日 開会式。

 14日 コンペティション部門出品作「海街diary」公式会見&上映に綾瀬はるか(30)長沢まさみ(27)夏帆(23)広瀬すず(16)が参加。ある視点部門オープニング作品「あん」(河瀬直美監督、30日公開)公式会見&上映に樹木希林(72)、孫の内田伽羅(15)永瀬正敏(48)と原作のドリアン助川(52)が参加。

 15日 日本のコンテンツ、俳優らを紹介、発信する初の情報誌として、映画祭日刊速報誌「スクリーン」特別号「ジャパンスペシャル」発刊。

 16日 映画祭内に設置された「ジャパン・パビリオン」で奈良橋陽子氏ら日本の映画関係者によるセミナー開催。永瀬正敏もゲストで登壇。

 17日 ある視点部門に出品作「岸辺の旅」(黒沢清監督、今週公開)公式上映に深津絵里(42)と浅野忠信(41)が参加。

 18日 カンヌクラシック部門で39年「残菊物語」(溝口健二監督)上映。「ジャパン・パビリオン」で、大手芸能事務所アミューズ大里洋吉会長ら日本の映画、芸能関係各社トップによるパネルディスカッション。世界の映画人1100人を集めたパーティー「カンパイ・ナイト」開催。永瀬、深津、浅野、河瀬監督らも参加。

 19日 「ジャパン・パビリオン」でイベント「くまモン・デー」を開催。カンヌクラシック部門で73年「仁義なき戦い」(深作欣二監督)上映。

 20日 コンペティション部門出品作「山河故人」公式会見&上映。

 21日 コンペティション部門出品作「黒衣の刺客(邦題)」(ホウ・シャオシェン監督、今秋公開)公式会見&上映に妻夫木が参加。監督週間出品作「極道大戦争」(三池崇史監督、6月20日公開)公式上映。

 22日 特別招待作品のフランスのアニメ映画「リトルプリンス 星の王子さまと私」(マーク・オズボーン監督、11月公開)ワールドプレミアに、日本版声優を務めた鈴木梨央(10)と瀬戸朝香(38)津川雅彦(75)が参加。

 23日 ある視点部門授賞式で「岸辺の旅」の黒沢清監督が監督賞を受賞。

 24日 授賞式でコンペティション部門の結果発表。

 日本人俳優や関係者がほぼ毎日登場したり、日本関連作品の上映があったことが、お分かりになるだろう。日本映画が、近年にないくらいカンヌ映画祭に関わった年と言えるのではないか。

 カンヌ映画祭から日本の文化や産業を世界に発信する新プロジェクト「ジャパンデイ プロジェクト」がスタートしたこと、日本の拠点「ジャパン・パビリオン」が出来たことも、きっかけになっただろう。ジャパン・パビリオンには、ほぼ連日、日本の映画関係者が集い、日本関連のイベントが行われていた。メーン会場・パレの地下にある映画の売買をするマーケット「マルシェ・ドゥ・フィルム」から1階に上がる階段には、「ジャパンデイ プロジェクト」のポスターが描かれていた。

 ある視点部門で、「岸辺の旅」(10月1日公開)の黒沢清監督(59)が、日本人同部門初の監督賞を受賞したことを含め、日本ではカンヌ映画祭のニュースが新聞、テレビで取り上げられていたと聞く。記者も紙面の原稿、インターネットでの速報と、当コラム、ツイッター(@AnimekishaM)で、カンヌ映画祭のニュースを連日、発信してきた。その中で、印象的だった俳優陣のコメントを、あらためて紹介したい。

 綾瀬はるか 本当に映画を愛する方がすごく多い。また来てみたい。

 長沢まさみ 映画1つで世界の人が集まり、すごいエネルギーがある。頑張ろうと思える場所。

 夏帆 貴重な夢のような体験。また絶対にカンヌに来られるよう頑張ります。

 広瀬すず もっと、もっとカンヌを味わいたい。大人になって、また立てるような女優になりたい。

 樹木希林 中毒になる場、この次へと目指すものになる。

 永瀬正敏 映画は、やはり海を越えるんだな、と思った。泣くのを一生懸命我慢した。

 深津絵里 カンヌの魔力、人を震え上がらせるようなエネルギーは1度ではつかみきれない。もっと知りたいけれど、来たいと思って来られないところなのもよく分かる。そう思わせるカンヌって何なんだろう…怖い。

 浅野忠信 ここは何なんだと…本当に映画が盛り上がる。

 鈴木梨央 一生の思い出。絶対に忘れません。

 瀬戸朝香 2度とないチャンスだと思って来た。2度目のカンヌ目指して頑張る目標が出来た。

 津川雅彦 幸せと同時に日本と比べると大学と幼稚園くらい(差がある)。悔しい(中略)日本でカンヌくらいのことができるまでには100年かかるかも。

 各俳優のコメントから共通して感じられるのは、「カンヌ映画祭は楽しい」という喜びだ。21日掲載の「カンヌ便り」でも触れたが、連日、午前8時半から始まるプレス試写1回目から深夜に終わる公式上映まで終日、映画が上映され、関連イベントも行われていた。パレ周辺はチケットを求める観客、メディアの人間でごった返し、近隣の飲食店は深夜でも観客、映画祭関係者、メディア関係者が酒をくみかわしつつ、映画について、いつ尽きるかも分からないトークを展開し続ける。映画愛があふれた夢のような場所…それがカンヌだ。

 日本人としてカンヌ映画祭最多7回目の出品を果たした河瀬監督は、14日に行われた日本メディア向け取材会の中で「カンヌは世界に新しい視点、豊かになる方向で(出品作品が)セレクトされている」と語った。監督を含めた映画製作者、評論家が専門的な視点でカンヌ映画祭を分析、紹介することは大事だ。

 ただ、それ以上に、毎年5月中旬に映画の作り手と売り手、メディア、映画ファンが全世界から集い、2週間にわたって映画を楽しみ、語り続ける、映画愛にあふれた夢空間…カンヌの魅力を、1人でも多くの日本の人たちに伝えたい。それが記者の思いだ。

 来年のカンヌ映画祭には、また新しい才能、作品が集まり、世界の映画界に、また新たな視点を提示することだろう。もし来年、またカンヌ映画祭を取材できるなら…今年以上に、その楽しさを広く、深く伝える…そう誓って、筆を置く。(村上幸将)