「雨に泣いてる」などのヒット曲で知られるロック歌手で、ギタリストの柳ジョージ(やなぎ・じょーじ、本名譲治=じょうじ)さんが10日午前4時56分、末期腎不全のため横浜市内の病院で亡くなったことが14日、分かった。63歳だった。生前の本人の意向で葬儀・告別式は親族のみで済ませた。妻の柳淳子(じゅんこ)さんが、14日にマスコミ各社へファクスで訃報を伝え「ここまで応援して下さった皆さまに深く感謝いたします」とつづった。

 柳さんは酒好きで知られ、ここ数年は肝硬変などで入退院を繰り返していた。やせ細り、周囲に「風が吹いても危ない」と自嘲(じちょう)気味にもらしていた。5月に函館で開催したライブで14曲を歌ったが、これが最後の仕事になった。所属事務所からも離れ、8月から入院していた。

 3月9日にはFMヨコハマでの特番収録に臨み、4月に横浜BLITZで開催したライブをPRした。番組に立ち会った同局関係者は「生まれ故郷の横浜への思い入れがとても深く、地元ラジオ局を大切にして下さった」と振り返った。

 75年に柳ジョージ&レイニーウッドを結成。ブルースをベースにした渋い歌声と表情豊かなギター演奏で人気となり、「和製クラプトン」とも呼ばれた。78年に「雨に泣いてる」、79年に資生堂のCM曲「微笑の法則」をヒットさせた。79年にはアルバムがオリコン1位となり、80年に初の日本武道館ライブも行った。

 81年に同バンドは解散し、ソロとしても「バーニング」などのヒット曲を飛ばし、芸能界に高倉健、志村けんをはじめ多くのファンがいることでも知られた。ファンの要望に応えて05年にバンドを再結成。08年にはフジ・ロック・フェスティバルにも出演した。

 ◆柳(やなぎ)ジョージ

 本名・柳譲治。1948年(昭23)1月30日、横浜市生まれ。日大在学中の69年にバンド、パワーハウスを結成。翌70年にザ・ゴールデン・カップスに加入した。75年に柳ジョージ&レイニーウッドを結成し、「雨に泣いてる…」「青い瞳のステラ

 1962年夏…」などのヒット曲を世に出した。