アカデミー賞の前哨戦と言われるゴールデン・グローブ賞は、女優陣が一様に黒のドレス姿で登場したことに話題が集まった。セクハラ事件への抗議行動ですっかり影が薄くなってしまったが、作品、主演女優など四部門を制したのが「スリー・ビルボード」(日本公開2月1日)だ。

 ミズーリ州は米中西部にあり、南北戦争時は境界の州として合衆国からの離脱か残留かに揺れた歴史がある。架空の街エビングもそんな混沌(こんとん)の空気を引きずっている。

 さびれた街道沿いにある3枚の立て看板は風雨にさらされてすっかりさびれていたが、ある日突然赤地に黒文字のメッセージが並んだ。「レイプされて死亡」「なぜ? ウィロビー署長」「犯人逮捕はまだ?」。7カ月前に一人娘を殺された寡婦ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)が私費を投じて掲載したのだ。

 名指しされたウィロビー署長(ウディ・ハレルソン)は住民の信頼も厚かったが、進展しない捜査にミルドレッドは怒りはおさまらなかった。署長を絶対視し、一方で黒人被疑者に暴力を振るうなど、トラブルを繰り返すディクソン巡査(サム・ロックウェル)はミルドレッドの行為にいきり立ち、平穏に見えた街はさざ波から大波へと揺れていく。

 コーエン兄弟監督作品の常連であるマクドーマンド、「猿の惑星 聖戦記」(17年)の怪演も記憶に新たらしいハレルソン、「コンフェション」(12年)を始め、偏執的なキャラは得意技のロックウェル。巧者ぞろいの演技が淡色の背景に光る。

 製作、脚本も兼ねたマーティン・マクドナー監督は「腹を立てた母親が看板を買う話にしようと決めたが、そこから先はほとんど自然に話が展開していった」と振り返っている。

 殺人事件の真相、住民たちの本音…3枚の看板を発端にした騒動はさまざまなものをあぶり出して行くが、最後まで話の行く末を読ませない。伏線も巧みに、監督の言う自然な流れの中にきれいに埋め込まれている。脚本が素晴らしい。

 対立するミルドレッドとディクソン巡査は次々に過激な行動を起こし、誰も止められない。ウィロビー署長が余命わずかなことも明らかになり、まるで街の住民のように見る側は彼らに翻弄(ほんろう)され、その行く末を見守らざるを得なくなる。いつの間にかエビングの街角に立っているような感覚にさせられる。

 ミルドレッドはかたくなだが、その純粋な思いは憎めない。差別主義者の巡査にも人情があり、物語の進行とともに心に底に良心が垣間見えてくる。死を目前にした署長の心中は言うまでもないだろう。メーンキャストに根っからの悪人はいないのだ。

 複雑な人間関係の殻をむき、折り合いを付けながらささくれだった空気がひとつの方向に動きだす。3人の巧者は硬い表情にかすかな変化をつけて時々の心中をピタリと伝える。この3人にしかできなかっただろうと思う。【相原斎】