「オレは今、谷底にいる」-。日本代表のFW本田圭佑(24=CSKAモスクワ)が、苦渋を激白した。キリン杯チェコ戦(日産ス)から一夜明けた8日、成田空港発の航空機でモスクワへ出発した。代表で不動の存在になり、かつてカズや中田英寿氏ら歴代エースが背負い続けた重圧を受けるようになった。さらに目標のビッグクラブへの移籍も実現していない現状に「苦しい」と素直に明かした。日本中が熱狂したW杯南アフリカ大会からちょうど1年がたち、本田が「今」を語った。

 熱いエスプレッソを喉に流し込みながら、本田は少し考え込むようなしぐさを見せた。口の中に広がる苦みをじっくり味わうように、時間だけがすぎていく。そして心の底から、素直な思いを絞り出した。

 「今は、苦しい」-。

 それは意外な言葉だった。空港には真っ赤な高級外車を自ら運転して到着した。スーツ姿に金色のサングラス、金色の腕時計。周囲には何一つ不自由なく、何一つ心配事もないように振る舞った。それも本田なりのパフォーマンスなのかも知れない。だがその胸中はもがき、苦しんでいた。

 「今のままで、いいなんて思わない。自分のプレーに満足しているわけもないんでね。以前からW杯で優勝すると言っているわけですから。1月のアジア杯でMVPを取ったけれど、それも納得してはいない」。

 ちょうど1年前-。W杯直前の本田は、輝いていた。まだ代表で定位置を約束されていなかったことで必死になり、荒々しさがいい方向に向かっていた。先発を奪い取って臨んだW杯では日本を世界16強へ導いた。あれから1年を経て、代表で不動の地位を築いた。かつてカズや、中田英寿氏、中村俊輔ら歴代エースが背負った重圧が、今は本田にかかろうとしている。

 「それはオレ自身が望んでいたこと、求めていたことでもある。常に自分にプレッシャーをかけながら、やってきたんでね。代表が勝てば『やっぱり本田』と言われる。それは快感でもあり、うれしいことでもある。その一方で負ければたたかれる。たたかれることは嫌とは思わない。悪ければどうぞたたいてくれればいい。このプレッシャーは快感でもあるけれど、苦しみでもあるんです」。

 代表でかかる過度の期待と、描いた未来図とかけ離れた現状-。キリン杯で日本は2戦連続無得点。決して本田のせいだけではないだろう。だがW杯予選が9月に迫りながら、アジア杯以降、ザックジャパンに「強さ」は感じられなくなった。そして「将来はRマドリード」と公言しながら、まだビッグクラブに手が届かない現実。インテルミラノに移籍した長友に先を越されてしまったという思いも、心のどこかにはある。

 「オレの人生は山あり谷あり。そう考えると今は谷底にいる。まだCSKA(モスクワ)にいることもそう。他(の選手)を見てください。オレの考え(未来図)とは違う。『現実を認めたくない』自分がいて『現実を受け入れろ』という自分もいる。現実を認めなければ、今を生きることができないですから。でも時に、現実を受け入れることに慣れすぎてしまうと(歩みが)止まってしまう。それは怖いことでもある」。

 迷い、悩む日々…。心を整理しようと、1冊の本を手に取った。その中で、マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツの一節が、強く胸に響いた。

 「本を読んでいたら『You

 must

 worry』というフレーズがあったんです。悩みなさい、いつも自分を心配していなさい、と。非常に深い言葉やなあ、と感じたんですよ。オレは神様はいると信じてる。今まで、オレが苦しんでいる時、必ず神様は、後でご褒美をくれた。苦しみと真剣に向き合って、悩み続けることで、想像もしていなかったような、新しい自分が分かることもあると思う。だからこそ『You

 must

 worry』は深いなと。自然と入ってきた」。

 オランダ時代、所属先のVVVフェンロでは2部リーグを経験した。1年半前までは代表でFKすら蹴らせてもらえず、試合に出れば「守備ができない」「組織が壊れる」と批判を受けた。すべてをはね返し、今がある。

 「いつも言っていますけれど、オレの人生は挫折の連続なんです。でもそこからはい上がろうとして、未知の世界を知ることもある。常にプレッシャーをかけ続けていなければ、未知の世界を知ることも、到達することもできないのではないか。今は苦しいですけど、真剣に向き合うことで、見えてくることがある」。

 これまで日本を背負ってきた歴代エースの苦悩が、今は分かる。キリン杯チェコ戦(7日)を観戦したカズは「結果を求められるのが日本代表だからね」と漏らした。重圧も、苦しみも、すべてを受け止めてきたカズの言葉だからこそ、重くのしかかってくる。本田は「カズの伝言」をかみしめるように言った。

 「その言葉も、すごく深いですよね。オレもそう思っていますから。結果が求められるポジションでもあるし、そういう立場でもあるから。もちろん、それは分かっています」。

 昨年のW杯以降は公の前で言葉数が減り、ほとんど本音を話すことがなくなった。この日、語った言葉の端々には現状に満足できない等身大の姿がある。重圧と、苦渋を力に変えることができた時、さらに成長した本田を見ることができる。そして、日本はもっと強くなる。【益子浩一】