アマ時代、プロ時代と岩瀬のコンディショニング面をサポートしていた亀卦川(きけがわ)正範さん(55)も、引退発表に感慨深げだった。現在は15年に開院したスポーツ整体などを行う「アスリートサポート」で院長を務めるが、NTT東海時代にはコンディショニングコーチとして、99年から14年までは中日のトレーナーとして岩瀬の体をケアしてきた。

「NTT入社前から見てきたけど、練習していないのにブルペンでいきなり140キロを投げた。それもベース2つ分は曲がるスライダー。それを岩瀬はストレートですって言ってた。改善できれば、140キロ後半のストレートも投げられる」。

22歳の左腕の素質を、亀卦川さんは見抜いていた。岩瀬にダブらせたのは、90年代に竜の守護神だった与田剛(現楽天コーチ)。最速157キロの速球を武器に90年に新人王と最優秀救援投手賞を獲得した。守護神の系譜はきっちり岩瀬に受け継がれた。

岩瀬は1000試合以上に登板し、新人王こそ取れなかったが、多くの賞に輝いた。「関節がずぬけて柔らかかった。投げ方と肩がマッチしていた。天性なんでしょう」と、振り返る。

40歳前後で左肘を痛め、不振に陥ったが、肩は痛めなかった。神が与えた左肩が、前人未到の登板数へ岩瀬を導いた。【伊東大介】