新千歳空港からJRで北広島駅へ。そこからエスコンフィールドまでタクシーに乗る。
虎党でにぎわう駅前の光景を見て、地元ドライバーが言った。「この3連戦が今年一番の華ですよ」。そうなん? と思ったが12球団NO・1人気の阪神が来るとなれば、地元もそんな意気込みで迎えるのかも…と感じたのである。
人気だけではない。優勝回数こそ少ないが最近では毎年のようにV争いに絡むなど阪神は強くなった。90年の歴史の中でも、今はいい時期を迎えていると思う。そして、いろいろな意見はあるだろうが、現在の状況は「指揮官・星野仙一」の誕生が大きなきっかけになったと思っている。
中日を象徴する存在から02年、電撃的に阪神監督へ。2年目の03年に18年ぶりのリーグ制覇を達成。そのシーズン限りで監督の座を降り、嵐のようにチームを、球団を改革していった。
01年オフ。阪神からの監督就任要請が舞い込んだ当初、星野は受けるかどうか迷っていたという。そのときの心情、出来事を後になって聞いた。こんなことを話したのである。
「最終的に決断した理由はいろいろあるけど。やっぱり、ミスターからの電話は大きかったな」。その01年限りで巨人監督を勇退し、終身名誉監督となった長嶋茂雄からの連絡が影響したという。こんな話だ。
「あのとき、ミスターが電話してきてな、こう言うんや。『仙ちゃん、何を迷ってんだよ。“伝統の一戦”なんて、今はもう、ないんだよ。阪神をよみがえらせろよ』ってな。だから『それならミスターがやればいいじゃない』って言い返したわ。そしたら『オレだってやりたいよ』って言うんやぞ(笑)」
01年まで4年連続最下位を続け、低迷する阪神。プロ野球を愛し、TG対決の重みを知る長嶋がその状況を見かねて口にした言葉かもしれない。巨人という球団を超え、プロ野球への熱さが伝わる話だ。「燃える男」の後押しに「闘将」がしびれ、阪神監督就任へ決意を固めたのである。
その星野も18年に亡くなり、ついにミスターも去った。諸行無常。時代は変わる。それでもプロ野球の楽しみは続く。交流戦初戦、阪神はパ・リーグ首位の日本ハムを相手に1-0勝利。エース才木浩人が踏ん張り、背番号3の大山悠輔が一発で決めた。ミスター。巨人の宿敵は頑張っていますよ-。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)




