<君の夏は。>

 勝利の瞬間を確認すると、笑顔でベンチから飛び出した。国学院栃木の松本哲也外野手(3年)が、ハイタッチでナインを迎え入れる。今大会は、代打の切り札として控えている。「延長も考えて準備していましたが、チームが勝ててよかったです」。

 人生最後と覚悟した打席で結果を出し、登録メンバーに滑り込んだ。先月13日、青藍泰斗(栃木)との交流戦で、3点を追う8回無死一、三塁から高校通算5本目となる同点3ラン。「負けていたので、自分の一打で空気を変えたかった。自分のアピールではなく、チームのために打ちました」。その後チームは逆転勝利。一振りで流れを呼び込んだ。

 この交流戦は「もうひとつの甲子園」と呼ばれ、ベンチ入りが決まっていない3年生同士が戦った。国学院栃木でも、既にベンチ入り20人のうち15人が発表されていたが、松本の名はなかった。「もう高校野球も引退かなと思いました」。そんな中で結果を残し、大会1週間前に背番号「16」を受け取った。

 誰よりも、背番号の重みを感じている。3年生の中には、最終メンバーの発表を待たずに自らサポートに回った選手もいる。メンバー入りの瞬間も、喜びより先に責任感を感じた。「崖っぷちで一緒に戦ってきた仲間でした。頑張らないといけない」。

 最後の夏、応援に回っている鈴木大介遊撃手(3年)は「あいつは自分たちの代表のような存在。1打席にこだわって活躍して欲しい」と期待を寄せる。

 チームはベスト8に駒を進めたが、まだ松本に出番はない。それでも「1打席に3年間の全てをかける。スタンドの応援を、ホームランで大歓声に変えたいです」と強く意気込んだ。チームは32年間、夏の甲子園から遠ざかっている。閉ざされた扉を開けるのは、メンバー当落線上にいた男の一打かもしれない。【太田皐介】