7月11日の明星戦で初戦敗退となった瑞穂農芸には、出場資格のない“ヘッドコーチ”がいた。今村一輝(いっき)さん(18)は、同校の定時制2年生の部員。

霜越則孝監督(37)から“ヘッドコーチ”と信頼を置かれ、練習のサポートに努めている。平日の放課後は、定時制の生徒の多くが午後5時の始業にあわせて登校するのに対し、同3時すぎには練習着に着替えて、グラウンドへ向かう。ノックを打ったり、トスを上げたり。静かに選手の成長を支えてきた。

昨夏は二塁手を務めていたが、今年は試合に出場出来ない。

高野連の規定では、04年4月2日以降に生まれた選手に出場資格が与えられる。通信制高校から編入した03年生まれの今村さんは、その要件を満たしていないのだ。

「それは入学した時点で分かっていました」

今村さんはポツリとつぶやく。それでも部に残り続けたのは、理由があった。

「とても雰囲気の良い部活なので。去年負ける前から、出られなくても関わっていきたいと思っていました」

現在の3年生は、自分より年齢が1つ下の代になるが、部員からは「今村さん」ではなく、「イマム」と呼ばれている。3年生のほうから、親しみを込めて呼び始めた。そのおかげで、距離が空くことなく、ともに汗を流すことが出来た。

大会の2週間前。今村さんは3年生へ向けて、1つの願いを口にしていた。

「3年生はもう最後なので…」

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田代翔太主将(3年)は、献身的にサポートしてくれる今村さんを「尊敬でしかないです」と敬う。

「選手よりも早く来て準備してくれたり、ノックを打ってくれたりして、本当にありがたいです」

試合後のミーティングでは、静かな語り口で、核心を突く言葉をかけてくれたという。

「声かけとか、ベンチでの態度とか、野球への気持ちとか…。イマムに言われたら、やらなきゃなって気持ちになります」

だからこそ、この夏にかける思いは強かった。ずっと支えてくれたヘッドコーチへ、感謝の1勝をプレゼントするつもりだった。

 

迎えた11日の明星戦。

今村さんは今春の都大会ブロック予選に続き、ボールボーイを務めていた。試合の合間にはトンボを手にし、グラウンド整備に汗を流した。

そんな今村さんに勝利を届けようと必死に食らいついたが、相手は手ごわかった。ヒットを1本も打てないまま、0ー16で5回コールド負けを喫した。

試合終了直後、三塁側スタンドへあいさつに向かう田代の目には、光るものがあった。「ありがとうございました」。声を張り、頭を下げると、左袖で涙を拭った。

白星で恩返しすることはかなわなかった。

 

エースの石井陽投手(3年)は試合後、「本当にありがたい存在でした」と、あらためて感謝の思いを口にした。そして「悔しさは全部ここで出して、学校へ戻ります」とさわやかな表情で言った。

「史上最強のチームだった」と選手たちを労った霜越監督は、ロッカールームでの様子を教えてくれた。「さっきまで泣いていましたけど、もう楽しそうでしたよ。やり切った表情をしていました」。

試合が終わり、1時間近く経った頃。球場の外では、澄んだ表情でグラウンドを後にする選手たちの姿があった。瑞穂農芸らしい明るい雰囲気が、戻っていた。

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その光景が、2週間前の今村さんの言葉と重なる。

寡黙なヘッドコーチの願い。夕日が射すグラウンドで、こう言っていた。

「3年生はもう最後なので、笑って終わってほしいですね」

今村さんの願いは「勝ってほしい」ではなかった。いつものような笑顔で戦うことを、ただただ祈っていた。

3年生はその願いを守り切った。すがすがしい表情で、今村さんとの最後の夏を終えた。【藤塚大輔】