悔しさを味わった元高校球児が、同士たちに勇気を与える。

今年8月5日、武蔵野大学2年生の大武優斗さん(20)が、ある企画を立ち上げた。「あの夏を取り戻せプロジェクト」。新型コロナの影響で20年の夏の甲子園が、戦後初めて中止になった。大武さんも当時、城西(東東京)の中堅手として甲子園を目指す球児だった。「当時の球児が甲子園という舞台で野球が出来るように」。同じように夢が絶たれた元球児を集め、甲子園でプレーする機会をつくろうという試み。20年独自大会で優勝した学校に声をかけ、甲子園ではノックなどの練習を、そして別の日に関東で1チーム1試合の交流戦を行う計画にしている。

大武さんは城西で野球部に入部後、すぐに右膝を痛めた。2年冬に復帰し、3年春には初めて背番号をもらえたが、春季大会は中止。「まだ夏がある」と切り替えた直後、5月20日のネットニュースで夏の甲子園中止を知った。「信じられなかった。冗談なんじゃないかと思った」。独自大会には出場したが、気持ちは沈んだまま。1安打も打てずに引退し、野球とも距離を置くようになった。

このときの体験で、抱いた思いがある。「大人の一声で甲子園がなくなってしまった。学生でも社会に影響を与えられるようになりたい」。起業家を育てることに特化している武蔵野大アントレプレナーシップ学部に進学。自身の人生を振り返る授業を受講した際に「やっぱり自分には野球しかない」と実感し、目をそらし続けていた過去と向き合うことに決めた。

たった1人でプロジェクトを立ち上げた。約150人のマスコミ関係者に自ら電話をかけ、広めてもらう活動を行った。当初は「大学生がそんなことできるわけがない」との声もあったが、Twitterやインスタグラム、TikTok(ティックトック)など、あらゆるSNSも活用し、徐々に活動は広まった。20年独自大会の優勝校に連絡を取ると、香川の尽誠学園からはすぐに返答があった。いまでは全49校の出場が決まっている。

23年11月の開催を目指し、来年の8月には資金集めのためのクラウドファンデイングを実施予定。あの夏を取り戻すため「まだまだこれから」とプロジェクト実行にむけてさらに突き進む。【星夏穂】

◆大武優斗(おおたけ・ゆうと)2002年(平14)年6月7日生まれ。東京都板橋区出身。小学1年の頃、父の影響で野球を始め、中学は新宿シニアで全国大会に出場。城西では中堅を務めた。3年夏の独自大会は東東京4回戦で敗退。現在は武蔵野大2年。21年に開設されたアントレプレナーシップ学部の1期生としてビジネスについて学んでいる。