日刊スポーツの名物編集委員・寺尾博和の特別インタビュー企画「寺尾が迫る」は、上方落語を上演する「神戸新開地・喜楽館」が開館5周年を迎える7月11日付で、支配人に正式就任する朝日放送(ABC)テレビのシニアアナウンサー・伊藤史隆氏(60)の登場です。“二刀流”の名物アナに、長年実況を続ける高校野球で、甲子園ベスト3の熱戦を挙げていただいた。2回連載でお届けします。

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寺尾 では名物アナウンサーが実況した中で2番目の熱戦を教えてください。

伊藤 03年決勝の常総学院対東北ですね。これはもう一点で、ダルビッシュが頑張った試合だから印象深いんです。

寺尾 勇退する常総学院の木内幸男監督、東北若生正広監督の名将対決です。

伊藤 東北に初めて優勝がいくかという試合でしたが、終わってから2年生のダルビッシュが号泣してるんですよ。負けてずーっと泣いてました。3年生夏の大会に負けたときは泣いてませんからね。

寺尾 ダルビッシュは9回12安打で4失点。結局は4対2で常総が優勝。でも平安との3回戦で延長11回15奪三振で完封の超高校級を証明した。

伊藤 高校野球ってそういうもんで、3年生も泣く子もいますが、実は下級生で中心選手になってる子が自分が力を出せなかった、3年生とお別れしなくちゃいけないと泣くことが多いんです。地方大会なんかは特にそう。上級生は「いいよ、いいよ」と言うんですが、そこは人間のマインドとして好きなところで、究極がダルビッシュの涙でした。彼が人目もはばからず泣いたのは、後にも先にもあの試合だけです。

寺尾 すでにプロ注目のヤンチャな高校生と評判でした。

伊藤 でもやっぱり甲子園に来たねという感じでした。バッタバッタと抑えて決勝にきて、「おれが優勝させたる!」という勢いだったけどやられた。それでワンワン泣いて、高校野球だな、いい若者だなと思いました。先輩に申し訳ない、自分の力を出せなかったと泣けるのは、ただのヤンチャでなくて純だからですよ。

寺尾 そこで出た“決めぜりふ”は?

伊藤 よく言われる決めぜりふですが、しっかり優先順位の高いほうから言いましょうというのがあると思うんです。特にABCは絶対そうあるべきと思っていて、大事なのは勝者をたたえ、敗者をねぎらうということです。そこはぼくも守っているし、今の後輩たちもやってくれているとは思います。だから72歳の木内監督は素晴らしい、でもこんなに泣くほどダルビッシュが力を尽くしたというスタンスで語りました。

寺尾 あれから20年。世界一になったWBCで先にチームをまとめたのは、大谷より早く来日したダルビッシュでした。

伊藤 あの後の彼の歩んだ道をみていると、WBCで人より早くきて後輩に練習をみせてお手本になるなど、本当に根っこは甲子園でみせたダルビッシュの姿と一緒ですよ。今こそ彼にあの試合はどんなもんだったんですかと聞いてみたいですね。

寺尾 では3試合目は?

伊藤 06年8月21日の駒大苫小牧対早実の決勝再試合です。延長15回、1対1で決着がつかず引き分けに終わる前日(20日)は高い内野フライで終わるわけですが、松坂君の試合も盛り上がりましたが、全員がスタンディングオベーションした風景は見たことがありませんでした。担当デスクに「明日もやります」と申し出ました。

寺尾 69年の松山商(愛媛)対三沢(青森)以来、37年ぶり2度目の決勝引き分け再試合です。

伊藤 これぞ高校野球の景色だなと思って、このままずーっと、お互い力を尽くしながらの空間が続いてほしいと思っていました。

寺尾 斎藤佑樹と田中将大の投げ合いでした。

伊藤 実はこの試合ばかり言われますが、この大会は大阪桐蔭も強かった。2回戦で2年生で中田翔君がいた大阪桐蔭と対戦するんですが、完全に抑えて勝つんです。ほんとにいい投手が出てきたと思いました。

寺尾 斎藤は前日の決勝も178球、翌日の決勝再試合は118球を投げきった。

伊藤 次の日の朝の試合前取材では、疲労困憊(こんぱい)していると思っていたら、まぁいい顔してるじゃないですか。いわゆるオーラがある。聞けば酸素カプセルとか入ってたらしいけど、パワーがみなぎっていた。田中君も同様でいい表情だったから、高校生の潜在能力ってすごいなと思いましたよ。

寺尾 最終になった9回は斎藤が田中を144キロの直球で空振り三振をとって優勝しました。

伊藤 でも実況アナの経験でいうと、9回無死から駒苫の3番中沢竜也君の2ランで4対3になるんです。すると6番が田中君なので、ホームランの瞬間に田中君で試合が終わるんじゃないかなと思うわけですよ。そうなったらまた言いたいことがいっぱいあった。逆に田中君で追いつくことも想定されます。実況アナとしては難しいけど、楽しいし妙味があるところです。

寺尾 最後は田中がフルスイングの三振で決着がつきます。この後の2人が歩んだ野球人生もドラマチックです。

伊藤 早実は夏初優勝でしたし、田中の全力スイングで終えた駒大苫小牧は3連覇こそついえましたが、そこもやっぱり大いにたたえたい。こんな試合の実況をやらせていただいて幸せでした。切ない言い方をすると斎藤君は大学でも頑張りましたが、ここで燃え尽きたのかなという思いはありますね。

寺尾 斎藤は7試合計948球を投げ抜いた。球数制限については?

伊藤 ぼくは球数制限も、タイブレークも賛成です。だけど決勝再試合の朝、斎藤君の表情からは疲労が見えなかったし、ボールもすごかった。だから球数だけで判断できるのかなとは思います。もし彼が投げなかったらせつなかった。投げられる心と体の状況があったわけです。それに大学で壊れたわけでもない。今は500球ルールでいいけど、いつかひょっとしたら血液検査して疲労度がわかるとかになれば、また変わってくるのではないでしょうか。高校野球もどんどん変わっていくべきと思います。ただ変わらないものってのも絶対ある。そこは大事にしてほしいです。

寺尾 今年の高校野球も逸材がそろっているので楽しみです。

伊藤 ぼくの究極の夢は、もう少し年をとってジジイになったら、明石球場かなんかで、試合前後にグラウンドのとんぼ引き、ロッカーを片付けるバイトをしたいんです。そこで球児たちに「おっちゃんは松坂大輔も、松井秀喜も知ってるで。だから君も頑張れよ」と声を掛けてあげたいんですよ。

寺尾 なるほど。大谷超えの“三刀流”ですね(笑い)(終わり=敬称略)

〇…喜楽館では今月25日まで「プロ野球応援ウイーク」と銘打った公演を展開中で月亭八方、桂春蝶、桂吉弥らが出演。また、7月10日から16日までは「5周年特別公演」で笑福亭鶴瓶、月亭八光らが盛り上げる。