第80回フェニックスバトル 竹田梓(左)にパンチを放つ武居由樹(2021年9月9日撮影)
第80回フェニックスバトル 竹田梓(左)にパンチを放つ武居由樹(2021年9月9日撮影)

6月上旬のことだった。元K-1スーパーバンタム級王者武居由樹(25=大橋)はリングで同門の先輩、WBAスーパー、IBF世界バンタム級王者井上尚弥(28)とマスボクシング(軽めのスパーリング)で拳を交えた。ラウンドは世界戦と同じ12回。武居にとっては濃密な36分間だったという。

6月20日、当時のIBF同級1位マイケル・ダスマリナス(フィリピン)との防衛戦を控えていた井上のため、ダスマリナスと同じサウスポーの武居がマスボクシングの相手を務めた。パンチを当てず、試合の動きを再確認するための軽めの実戦トレーニングだが、武居は井上と向き合った感想を素直に口にしていた。

「初めて尚弥さんとマスをしましたが、マスであっても少し気を抜いたらやられるというか、『殺される』という感覚が分かりましたね。本当に『これが世界一なんだ』という経験でした」。

K-1時代の武居はK-1の3階級制覇王者武尊(30)に続く看板スター選手だった。17年から始まったK-1年間表彰式「K-1アワード」では、武尊を抑えて初代の年間MVPも受賞した。ムエタイなど海外選手らとも次々と対戦してきた自負もある。そんな武居が「いろいろな選手とやりましたが、1番対峙(たいじ)して本当に怖かったです。良い経験で、これ以上の経験は他では味わえないです」とも振り返っていた。井上の持つピリピリした“殺気”の経験は、武居の「血」となり「肉」になったという。

9月11日のボクシング転向2戦目で、武居は戦績5戦(5KO)無敗の竹田梓(高崎)を右ジャブ、左ボディーストレートの後、最後に右フックでダウンを奪い、1回2分57秒、TKO勝ち。冷静なメンタルで的確なパンチを打ち込み、涼しい顔で勝ち名乗りを受けた。3月のボクシングデビュー戦に続き、2戦連続の1回TKO勝利だった。

ボクサー武居のキラー・インスティンクト(殺し屋の本能)ぶりに大橋秀行会長(56)は「相手はカウンターがうまく、スピード、パンチ力もあり、対策も万全にしてきた動きだったのに倒した。びっくりした。これは普通の1試合じゃない。10試合分ぐらいの価値がある」と評価した。

リングの場数はK-1で数多く経験している武居ながらボクサーの経験値は2試合のみ。それでもボクシングに転向した武居の成長曲線は、大橋会長の予想を上回るほど急激に上へと伸びている。このB級(6回戦)での2連勝でA級(8回戦以上)ボクサーに昇格した。

「大橋ジムのスパーリングは見て勉強になります。尚弥さん、(元WBC世界バンタム級王者井上)拓真さん、(東洋太平洋、WBOアジア・パシフィック統一フェザー級王者)清水(聡)さんをはじめ、すごい先輩たちばかりなので吸収することが多いです」。

同門ボクサーの技術に触れ、感じつつ、吸収しようと試みるの貪欲さは武居の才能。井上から感じた世界に通じる「殺気」も、武居には大きな成長エネルギーとなっていたのだろう。【藤中栄二】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

WBSS世界バンタム級トーナメント決勝 ドネアにパンチを放つ井上尚弥(2019年11月7日撮影)
WBSS世界バンタム級トーナメント決勝 ドネアにパンチを放つ井上尚弥(2019年11月7日撮影)