王者井上尚弥(23=大橋)が3-0の判定で、2度目の防衛に成功した。同級1位の指名挑戦者ダビド・カルモナ(メキシコ)と対戦。序盤からスピードで圧倒するも、2回に右拳を痛め、中盤には左も痛めた。ガードの堅い挑戦者を最後まで攻め込み、最終回にダウンを奪う意地を見せたが、あと1歩でKOを逃した。悔しさを糧に、さらなる進化を約束した。井上は戦績を10戦全勝(8KO)とした。

 魂の72発も、あと1歩及ばなかった。一方的な展開で迎えた最終12回。井上はガードを固めるカルモナに対し、上体を低く下げて間合いを詰めると、猛然と連打を仕掛けた。ロープ際で初のダウンを奪ったが、再開直後に残り10秒の拍子木が鳴る。これまでの美しく、流れるようなフォームではない。逆にパンチを受け、顔も赤く腫れた。それでも最後の1秒までKOを求め、拳を出し続けた。

 世界戦5試合目で初の判定決着。「足を使えば勝てるのは分かっていたが、それでは自分が納得できない。倒したかった」。高いプライドと、向上心で戦ってきた男の意地だった。

 4月10日、23歳の誕生日を迎えた。19歳でのデビューから4年。8戦目で史上最速の2階級制覇を達成するなど、順風満帆のキャリアを重ねてきた。だが、節目の日。自分自身の心が、まだ満たされていないことに気づいた。

 井上 ここからの4年が本当の勝負。27歳までにどこまで行けるか。行けるところまで行きたい。

 昨年、右拳の負傷で1年間リングから離れたことで、現役が永遠でないことも痛感した。「いつボクシングが出来なくなるか分からない。後悔だけはしたくない」。V2戦に向け、新たにフィジカルトレーナーと契約を結び、練習ではシャドーボクシングから動きを見つめ直した。

 4月に、米老舗ボクシング誌「リング」が選ぶパウンド・フォー・パウンド(全階級通じての最強)ランキングで、初のトップ10入りを果たすなど、評価は国内の枠を超えた。1階級下の無敗の3階級王者ローマン・ゴンサレスとの対戦には、世界から実現を求める声が上がっている。井上も思いは同じ。試合後のリングでは「海外進出して、いろんな経験をしたい」とファンに誓った。今年の初詣の際、絵馬に書いた文字は「英語マスター」。進むべき道は分かっている。

 今回の苦しい経験は、今後の力に変える。控室に戻ると、2回に右拳、中盤には左拳を痛めていたことも明かした。大橋会長は「これからも試合中にいろんなことが起こる。すごい経験が出来た」と前を向いた。井上は悔しさをしっかりとのみ込み、晴れ晴れとした表情で言った。「もっと強くなりたい」。16年の初戦。日本ボクシング界の「怪物」が、次なるステージへの1歩を踏み出した。【奥山将志】

 ◆井上尚弥(いのうえ・なおや)1993年(平5)4月10日、神奈川・座間市生まれ。元アマ選手の父真吾さんの影響で小学1年からボクシングを始める。相模原青陵高時代に史上初のアマ7冠を達成。アマ通算75勝6敗。12年7月にプロ転向。国内最速の6戦目で世界王座奪取。14年12月にWBOスーパーフライ級王座を獲得し、史上最速の8戦目で2階級制覇達成。家族は咲弥夫人。163センチの右ボクサーファイター。