WBA世界ミニマム級王者松本流星(27=帝拳)が初防衛に成功した。同級4位の高田勇仁(27=ライオンズ)とのダイレクトリマッチは、ジャッジ3人が120-108のフルマークをつける3-0の判定勝ち。それでも王者は笑顔を見せなかった。「ジワジワと弱らせて仕留める作戦だった。(KOチャンスに)勇気を出していけなかったのが悔しい」。切れ味鋭い左ストレートと右フックで挑戦者の顔面を血に染めた一方的な展開も、倒し切れなかったことが不満だった。
昨年9月の王座決定戦に勝利してプロ7戦目で世界王座を手にしたが、偶然のバッティングという結末に喜べなかった。その半年前の鬱憤(うっぷん)を拳に込めて圧倒した。8回には左ボディーブローから連打を畳みかけてKOを狙ったが、高田のタフネスも予想以上だった。
心に期すものがあった。世界王座獲得の翌10月、日出高(現目黒日大高)と日大で指導を受けた前監督の梅下新介さんが51歳で死去した。「自分の好きなことを一生懸命できるのは幸せなんだと教えてくれた。その好きなことで結果を出すのが生きがいだと思った」。恩師の言葉が初防衛戦に向かう松本の背中を押した。
高田との再戦決定前にはWBA王座を返上し、WBC世界同級王者ジェルサレム(フィリピン)に挑戦するプランもあった。アマ時代に負けている前WBC世界同級王者の重岡優大に2度勝っている強豪。交渉は流れたが、今後はジェルサレムやWBAスーパー、WBO世界同級統一王者コラーゾ(プエルトリコ)との統一戦を望む。
「これで日本人(対決)は卒業できた。本物の王者になるのが子どもの頃からの夢。これからは世界の強いヤツと戦いたい」。松本にとって高田との決着戦は、さらに大きな夢の舞台へと駆け上がる飛躍台でもあった。【首藤正徳】
◆松本流星(まつもと・りゅうせい)1998年(平10)5月14日、兵庫・高砂市生まれ。4歳の時、父広さんに勧められ、ボクシングを始め、高砂ジムで練習開始。中学1年の春休みに1週間スパーリング合宿したことを契機に同2年から上京。帝拳ジムで練習開始。日出高から名門・日大に進学。21年に三重県スポーツ協会入りし、全日本選手権、国内制覇などアマ4冠。アマ戦績は79勝(13KO・RSC)16敗。22年にB級(6回戦)でプロテスト合格。23年2月、3回KO勝ちでプロデビュー。24年9月、プロ4戦目で日本王座獲得。家族は両親。身長158センチの左ボクサーファイター。

